没後20年、「仁義なき戦い」を送り出した映画監督・深作欣二が遺した現代にも受け継がれるやくざ映画の精神とは?

政略戦争へと転換するやくざ社会で生きる、はみ出し者の刑事の姿を描く『やくざの墓場 くちなしの花』
政略戦争へと転換するやくざ社会で生きる、はみ出し者の刑事の姿を描く『やくざの墓場 くちなしの花』

(C)東映

その波の中で誕生した『県警対組織暴力』(1975年)は、警察とやくざの癒着を描いた物語。警察官もやくざも、共に戦後の混乱を生き延びた人間で、表裏一体の存在だとする笠原和夫の脚本を得て、善悪の境界を問う深みのあるドラマに仕上がり、「実録路線の傑作」との呼び声も高い。

またこの時期、深作は実在のやくざ、石川力夫の半生を描いた『仁義の墓場』(1975年)で渡哲也とも出会っている。NHKの大河ドラマ『勝海舟』(1974年)の主演を病気で降板し、復帰作として並々ならぬ覚悟で本作に臨んだ渡は、途中で体調を崩しながらも、親分にも容赦なく斬りかかる狂犬のような石川を鬼気迫る佇まいで熱演。死んだ妻の遺骨を無言でかじるすさまじいシーンなど、異様な迫力に満ちた作品となった。実は渡は、当初『仁義なき戦い』の主演候補だったが、病気で実現しなかったため、念願の初顔合わせであった。

深作が渡と再びタッグを組んだ『やくざの墓場 くちなしの花』(1976年)は、渡演じる悪徳刑事とやくざの癒着を描き、『県警対組織暴力』と似た構図だが、在日朝鮮人の問題を絡めた点が新味。さらに、梶芽衣子とのロマンスが加わり、ラストに渡のヒット曲「くちなしの花」が流れるなど、ひと味違った情緒あふれる作品となっている。本作は、『仁義なき戦い』の脚本家・笠原和夫との最後のコンビ作でもある。

1977年の『北陸代理戦争』は元々、『仁義なき戦い』シリーズの1本として企画された作品。主演が菅原文太ではなく、松方弘樹に決まったためこのタイトルに落ち着いたが、北陸の雪景色をバックに『仁義なき戦い』ばりの壮絶な抗争が繰り広げられる。ところがこの作品は現在進行中の抗争を扱ったため、映画公開後に主人公のモデルとなった組長が敵対組織に殺害される事件が発生。これで実録路線は終焉を迎え、やくざ映画と決別した深作は以後、『復活の日』(1980年)、『蒲田行進曲』(1982年)、『バトル・ロワイヤル』(2000年)などを手掛け、日本映画界を支えていくこととなる。

北陸を舞台に、地元やくざたちの熾烈な抗争を映した『北陸代理戦争』
北陸を舞台に、地元やくざたちの熾烈な抗争を映した『北陸代理戦争』

(C)東映

「やくざ映画=過激なバイオレンス」のイメージから、なかには敬遠する人もいるに違いない。だが、その本質は暴力を通じて人間の愚かさや滑稽さ、争いの虚しさを描く人間ドラマにある。『県警対組織暴力』を原点に役所広司&松坂桃李主演の『孤狼の血』(2017年)が生まれ、三谷幸喜が『仁義なき戦い』を参考に大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の脚本を執筆したように、深作が遺したやくざ映画の精神は、現代にも脈々と息づいているのだ。

文=井上健一

井上健一●埼玉県出身、会社員を経て、映画を中心に執筆・取材を行うライターに。主な執筆媒体は「月刊SCREEN」、「キネマ旬報」、「FLIX」など。書籍に「現代映画用語事典」(共著・キネマ旬報社)がある。

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