松崎まこと&小川知子が語る、映画『ひまわり』が映しだす夫婦の愛と戦争の悲劇性

恋愛映画の金字塔として日本でも根強い人気を誇る『ひまわり』
恋愛映画の金字塔として日本でも根強い人気を誇る『ひまわり』

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第7回に登場するのは、『ひまわり』(1970年)。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ、イタリアを代表する名優二人が共演した恋愛映画の金字塔は、日本でも大ヒットを記録した不朽の名作だ。監督は『靴みがき』(1946年)、『自転車泥棒』(1948年)などでネオ・レアリズモを代表する名匠、ヴィットリオ・デ・シーカ。ヘンリー・マンシーニの甘くせつないテーマ曲が、悲しき愛の物語を美しく彩る。

舞台は第二次世界大戦下のイタリア。美しいナポリの海岸で恋に落ち、結婚したジョバンナ(ローレン)とアントニオ(マストロヤンニ)。幸せな日々を送っていたが、アントニオがソ連の最前線に送られ離ればなれに。何年も帰らぬ夫を生きていると信じて疑わないジョバンナは、終戦後、手がかりもないままアントニオを捜しに単身ソ連へ渡る。しかし、そこで目にしたのは、ロシア人女性マーシャ(リュドミラ・サベリーエワ)と家庭を築き、幸せに暮らすアントニオの姿だった。

■イタリアらしい明るさから一転...。色濃く残る戦争の記憶が浮き彫りに

松崎「2011年にニュープリントでリバイバル公開されて、2020年には製作50周年記念かなにかでHDレストア版がリバイバル公開。リバイバル公開されるたびに綺麗(な映像)になっている作品ですね。僕は最初にテレビで観て、その後リバイバル上映を映画館で観ました」

小川「私も最初はテレビで観たと思います」

松崎「おもしろいなと思ったのは前半と後半、つまり戦争に行く前と行った後での描写が全然違うところです。恋に落ちて、幸せいっぱいのシーンまでは、マストロヤンニが得意とするハンサムで、ちょっとスケベでいい加減な明るいイタリア男が存分に描かれています。ソフィア・ローレンとの共演作はたくさんあるのですが、ほとんどが喜劇なので、そういうイメージもあるから、後半の悲劇性がより強く感じられる作品になった気もします」

小川「キャッキャしていて一緒にいることが楽しくて仕方ない、常にベッドで過ごしたいと思うほど幸せいっぱいの状態から、突然その日常が奪われ戦争に行かなければならなくなるという状況は、なかなかショッキングな出来事だと改めて感じました」

松崎「戦争によって引き裂かれた恋人や夫婦という設定の映画はたくさんあるけれど、すごく良い意味でイタリアのいい加減な部分がうまく描かれて、イタリアっぽさが出ていると感じました」

小川「当時戦争に行きたくなかった男性も多くいたはずですけど、大きな声では言えない状況だった中、イタリア男性の明るさと愛嬌を上手に活かして、どうすれば戦争に行かずに済むか画策する男性像をポジティブに描いていますよね」

松崎「コメディ調から一転、後半はネオ・レアリズモ時代のデ・シーカ監督を彷彿とさせる描写もあり、イタリアの巨匠の集大成となった作品でもあります。あのタイプのイタリア男が、ソ連の雪原であんな綺麗な人に助けられたら、そりゃ好きになっちゃうよね、というメロドラマ的な描かれ方もすごく効いている気がします」

小川「時代もあると思うけれど、多くの人に届ける(作品)という意味での、メロドラマという選択だったのかなと」

松崎「この作品は冷戦時代に初めてソ連でロケしたヨーロッパ映画なんです。そこに当時のソ連のトップ女優さん(マーシャ役のサベリーエワ)が出演するってすごい衝撃だったそうです。見るからに清楚で、ソフィア・ローレンとも好対照なのも良いですよね」

小川「想像しかできないですけど、ソ連も自分で行きたいと思って行った場所じゃないし、戦争を体験して抱えた気持ちや悩みを理解してもらうのも難しい。異国で途方もない孤独を感じるなか、救われたとなれば気持ちが傾くのは仕方ないですよね」

松崎「漫画の『はいからさんが通る』は、ここから設定をいただいていますね」

小川「名だたる名作のインスピレーション源になっている作品だと思いました」

食事中にジョバンナの胸を触るアントニオ。この能天気な雰囲気が後半へ向けて一変する
食事中にジョバンナの胸を触るアントニオ。この能天気な雰囲気が後半へ向けて一変する

(c) 1970 - Compagnia Cinematografica Champion (It) - Films Concordia (Fr) - Surf Film Srl - All rights reserverd.

■相手の状況を想像し、考えるきっかけをくれる作品

松崎「結局、この2人は別れを選択するわけですが、ある種、別れのプロセスを踏んでいる感じがしました。戦争に行った夫が行方不明になるけれど、捜し出して再び出会い、過酷な事実を突きつけられるけれど、最後は向き合って別れる。ジョバンナがアントニオの母親に『(夫は)死んでいたほうが良かった』と言うセリフもあったけれど、小川さんはこの2人の再会、別れをどう思いましたか?こういう再会でも会えただけ良かったと思いますか?」

小川「再会できたのは良かったと思います。誤解が解消できたこと、弁明できたことはアントニオ的には良かったですよね(笑)。ジョバンナも彼に愛情はあるけれど、子どもがいる現実を目の前にしたことで、戦争という状況がそうさせたのだと整理をつけることができ、一線を引いたのだと思います。日本でも、戦争から夫が帰ってきたら、妻は別の人と結婚し、家庭を築いていたという話はあったと聞きますし、そういう戦争という社会情勢に翻弄されてしまった人たちの気持ちに寄り添えるような状況を作るための再会だったのかなと」

松崎「なるほどね。悲劇ではあるけれど、再会もできたし、お互いのことが分かっただけでも良しとするってことですね」

小川「最近は<共に生きる=結婚ではない>という解釈がエンタメでも普通に描かれるようになってきましたが、当時は結婚したら一生一緒にいるのが当たり前の時代で、ましてや、子どもが産まれたら簡単には別れられない時代です。不条理な出来事によって人生の選択が変わり、耐えながら生きてきた多くの人たちのことを考えさせられました」

戦地から戻らない夫を追って、ソ連へ向かうジョバンナをソフィア・ローレンが演じる
戦地から戻らない夫を追って、ソ連へ向かうジョバンナをソフィア・ローレンが演じる

(c) 1970 - Compagnia Cinematografica Champion (It) - Films Concordia (Fr) - Surf Film Srl - All rights reserverd.

松崎「映画が公開された1970年は、戦争が終わってちょうど25年経った頃。ローレンもマストロヤンニも戦争を知る時代の人だからこそ、生々しさも感じられた映画でした。敗戦国のイタリアは特に、戦争の影響を大きく受けたからこそ、『ひまわり』の見え方も変わってくると思います。スクリーンで観ると、テレビとは全く違う迫力に驚かされるんですよ。ひまわり畑のロケ地がウクライナであること、ひまわりという花の特徴、さらにソ連の国の花であることなど、たくさんの意味が詰まっていることを知ると、あのシーンには圧倒されるばかりです」

小川「見渡す限りに広がったひまわり畑のその下に、戦争によって消えてしまったいくつもの、もしもの人生が見えてくるんですよね。でもその上で逞しく咲いているひまわりもいくつもあって。当時のインパクトはすごかったでしょうね、観たことない映画という感じで」

松崎「戦争の記憶が生々しく残っている人たちが多くいた時代だからこそ、明るいシーン、例えば2人がイチャついているシーンは、思いっきり振り切った描き方をしたのだと思います」

小川「そして、ヘンリー・マンシーニのテーマ曲が効いてくる!あのメロディが流れただけで目頭が熱くなります。この映画で私が泣いたのは、この曲とともにアントニオを振り切ってジョバンナが汽車に乗り込むシーンです」

松崎「この映画の別れのシーンには、すべて汽車が絡みます。アントニオが降りてきた汽車に、ジョバンナが飛び乗って去って行くところなんてすごい演出だと思いました」

マルチェロ・マストロヤンニ演じるアントニオは、瀕死状態の自分を救ってくれたソ連の女性と結婚してしまう
マルチェロ・マストロヤンニ演じるアントニオは、瀕死状態の自分を救ってくれたソ連の女性と結婚してしまう

(c) 1970 - Compagnia Cinematografica Champion (It) - Films Concordia (Fr) - Surf Film Srl - All rights reserverd.

小川「古い映画ですが、より若い世代が観ても刺さる部分はあると思います。自分には見えていない相手の状況、立場を想像することが大事だと気付かせてくれるというのかな」

松崎「なるほどね。いい視点ですね。恋愛している時って、自分のことでいっぱいいっぱいになりがちだけど、相手がどんな状況で、どんな理由でそういう行動を取ったのか、その言葉を言ったのかなど想像したり、考えたり、理解することを学べる映画かもしれません」

小川「戦争という大きな出来事は介在しないけれど、社会で生きていると小さな抑圧はあって、例えば、仕事で大変なことがあったのかな?とか。見えないところでいろいろな状況があることを想像し、話を聞くことをしようと思えるのではと」

松崎「映画では、2人を引き裂いたのは戦争であり悲劇だけど、出会えたことは良かったわけですよね。結果的に新婚生活は12日間。それだけしか一緒に過ごしていない相手だけど、お互いの人生にものすごく影響を与える存在になった。悲惨な結果にはなったけれど、素敵な出会いだったと思いたいです」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

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放送情報

ひまわり(1970)
放送日時:2021年10月5日(火)21:00~、13日(水)7:45~
チャンネル:スターチャンネル2
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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