
アナウンサー・俳優として活躍中の宇垣美里さん。映画・マンガなどさまざまなサブカルチャーをこよなく愛する彼女が、映画について語るこの連載。今回は、濱口竜介監督の最新作「悪は存在しない」と村上春樹の短編を映画化した「ドライブ・マイ・カー」を紹介!
多くの日本人監督の作品が国外の大きな賞を獲得するようになった昨今、その中でも国際的に最も評価の高い監督のひとりと言えるのが濱口竜介監督だろう。濱口監督作品といえば、リアリティのある抑えた演出、緻密な人間描写、そして会話の妙が特徴的。その上で、私は濱口監督の作品を観るといつも少し背筋が寒くなる。面白いのに、あまりにも研ぎ澄まされすぎていて。今回取り上げる2作品は、特にそうだ。
第94回米アカデミー賞では作品賞をはじめ計4部門にノミネートされ、国際長編映画賞に輝いた「ドライブ・マイ・カー」は濱口監督の名を世に知らしめたきっかけの一作と言える。

(C)2023 NEOPA/Fictive
舞台俳優であり演出家の家福悠介は2年前に脚本家の妻・音を病気で突然亡くした。「帰宅したら話したいことがある」と言われていたのに、その内容を知ることのないままに。2年後、演劇祭の演出を任されることになった家福は愛車のサーブで広島へと向かい、そこで主催者側が手配した専属ドライバーのみさきと出会う。寡黙なみさきと過ごす時間が増えるにつれ、家福は少しずつ目を背けていた亡き妻への思いに気づくようになる。
村上春樹の同名短編小説をベースに濱口監督自らも脚本に携わった本作。細やかなディティールが積み上げられ、3時間の上映時間、起伏が激しいわけではない静かな作品なのにも関わらず、まったく飽きず目が離せない。
家福は演出することになったチェーホフの「ワーニャ伯父さん」のセリフを覚えるために車に乗っている間中、妻が録音したテープを相手にセリフを諳んじ、他の俳優たちにも何度も本読みをさせることで、繰り返し繰り返しそのセリフが劇中に登場する。本読みを反復する中で演者たちがセリフを体内に取り込み、自分なりのリズムをつかんでいくように、いつの間にか観客たる私たちの中にもセリフが染み込んでいくようになる。(余談ではあるが、私はこの映画を見て以降セリフを覚える際、同じように自分で録音した音声を聞きながら練習するようになった。個人的には台本をじっと読んでいた時より体に入りやすくなったように思う。)
なにより印象的なのは家福の「僕は、正しく傷つくべきだった」というセリフだ。台本を繰り返す中でいつしか己と向き合い、そのことによって自分の傷や弱さを直視し、そして自分自身をケアすることにようやく至る。そうか、これはセルフケアの旅であったのだ、と気づく。
鑑賞後は何か憑き物がすとんと落ちたかのような解放感があって、すこし体が軽くなったのを感じた。
放送情報【スカパー!】
悪は存在しない
放送日時:3月16日(日)21:00~
ドライブ・マイ・カー
放送日時:3月17日(月)1:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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