また、浩二には、気にかけている女性がいる。生前付き合っていた町子(黒木華)だ。伸子に町子のことを聞く時、聞きたい気持ちを抑えられない様子はとても可愛く映るし、自分の部屋で町子と写っている写真を見つけて寂しげに微笑む様子は、儚げで見ている者の胸を打つ。
物語が進むと、伸子は浩二への思いを貫き独身でいる町子を気にかけるようになる。もし町子に好きな人が現れたら、「その時は、母さんもあんたも、あの子のこと諦めるしかないでしょ」と伸子は語るが、町子への思いを捨てきれない浩二は取り乱す。伸子に諭され、泣き顔で姿を消すシーンは、あまりにも物悲しい。
二宮が演じる浩二は、伸子に対しては息子としての甘えや感謝の気持ちを、結婚まで考えていた町子に対しては切なさや寂しさを、隠すことなく出してくる。そんな浩二という人物を丁寧に表現し、原爆によってこの世を去った浩二の思いまで伝わってくるのは、二宮の演技力があってこそだ。
浩二と伸子の空気感の良い会話も秀逸で、見ていると本物の親子のように思えてくるから不思議だ。二宮と吉永は本作が初共演だが、吉永は二宮の小さい頃の写真を見て、母親役としての役作りに励んだという。二宮の演技力はもちろん、真摯に役作りに向き合う吉永の努力があったからこそ、多くの人の心を揺さぶる作品となったのだろう。
本作は第39回日本アカデミー賞において、優秀作品賞のみならず、二宮は最優秀主演男優賞、吉永は優秀主演女優賞と、多くの部門で賞を受賞している。終戦から80年近くが経過した今こそ、この名作を通じて、過酷な時代を生きた人々の思いに触れてみてほしい。
文=堀慎二郎
放送情報
母と暮せば
放送日時:2023年9月7日(木)18:15~、2023年9月29日(金)8:30~
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合がございます
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