山田は伸び悩んでいる作家・慎一を演じた。身勝手さから他者を傷つけ、どん底に沈む自分の姿を、自ら痛めつけるように原稿用紙に書き殴る慎一。多くは語らないが、呼吸や瞬きの一つに、心の内でぐしゃぐしゃに混ざり合う淀んだ感情、静かな怒りや寂しさ、苦悩と葛藤が伝わってくる。
原作者自身が投影されているような慎一が、情けなくて無様で、痛々しい。慎一はすべてに絶望し諦めているようで、真っ暗な闇夜に微かな希望を探しているが、山田の繊細に演じることで生身の人間の物語として完成させた。
裕子に演じた松本まりかも、歪な関係を築く二人の距離感を絶妙な演技で魅せる。母として女として強かに生きながら妖艶さと弱さを体現した。山田と松本の間に役者として互いに確かな信頼を感じ、緻密な演技のぶつかり合いも見応えがある。
一人で生きていこうと強がっても、人は一人では生きていけない。もがき苦しみながら踏み出した一歩に、正解ではなくても不完全だとしても、小さな希望の光が見えた気がした。
文=中川菜都美
放送情報
夜、鳥たちが啼く
放送日時:2023年10月8日(日)22:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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