©2024映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 ©佐藤愛子/小学館
唐沢は、そんな吉川の暑苦しさを思い切りよく押し出している。追い返されても諦めず、愛子について調べ直し、手土産を持って何度も自宅を訪問。「突然書けなくなるかもしれない」と断られれば、「書けなくなったら連載終了で構いません!」と返す。愛子が腱鞘炎を理由にすれば、今度は名医のもとへ連れていこうとする。普通ならそこで引くだろうと思うところから、さらに一歩踏み込む。そのしつこさと強引さを、唐沢の勢いのある台詞回しが可笑しみに変えている。
なかでも、2人の関係性がよく表れているのが手土産をめぐる場面だ。腱鞘炎を訴える愛子を説得できず、吉川が「じゃあこれは持って帰ります」と手土産を引き上げようとすると、愛子は包帯を巻いている痛いはずの手で思わず箱を押さえる。すかさず吉川が痛くないのかと指摘すると、愛子は「痛い!」と言い張る。言っていることと行動が食い違っていても決して認めない愛子と、そこを見逃さず突っ込む吉川。まるで漫才のようなテンポで、2人の性格が端的に浮かび上がるのも面白い。
この掛け合いを成立させているのが、草笛と唐沢の対照的な芝居だ。相手の言葉を受け止めながら、短い一言や表情で返す草笛に対し、唐沢は勢いのある台詞回しで畳みかける。愛子がうんざりした表情を見せても、吉川はまったく引かない。むしろ、その反応を受けてさらに食い下がる。静と動ともいえる2人の芝居がかみ合うことで、会話に独特のリズムが生まれている。
©2024映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 ©佐藤愛子/小学館
そして、吉川とのやり取りを重ねるうちに、愛子の日常も少しずつ動き始める。吉川に腹を立てては言い返し、身の回りの出来事や世の中への違和感を次々と言葉にする。子どもの騒音問題や家族との関係、老い、愛犬との別れ――それまで胸の内にため込んでいた思いが、やがて連載の題材となり、多くの読者へと届く。書くことから離れていた愛子が、再び作家として世の中と向き合うようになるのだ。
一方で、変化するのは愛子だけではない。時代についていけず、職場でも家庭でも居場所を失いかけていた吉川にとって、愛子の言葉を世に届けることは、自分が編集者として何を大切にしてきたのかを見つめ直す機会でもあった。90歳になって再び書くことと向き合う愛子と、中年になって仕事や家族との関係を見つめ直す吉川。年齢も立場も異なる2人が、相手との出会いをきっかけに、それぞれもう一度自分の人生と向き合い始める。
本作は、草笛自身の俳優としての現在地を考える上でも象徴的な作品となった。『九十歳。何がめでたい』で第48回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞し、第37回日刊スポーツ映画大賞では史上最高齢で主演女優賞に輝いた。さらに翌2025年には、91歳で主演映画『アンジーのBARで逢いましょう』が公開。年齢を重ねることを役柄そのものの魅力へと変えながら、今なお主演として新しい人物像を提示し続けている。


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