若い頃に読み漁った赤い背表紙のハヤカワ文庫を、久しぶりに手に取った。アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」である。映画でもドラマでも描き尽くされてきた感のある古典名作だが、現代フランス版が意表を突いていて、面白い。
見知らぬ他人の10人が絶海の孤島に集められ、次々と命を奪われる基本設定は変わらないが、水も食糧もない無人島サバイバルという要素が加わり、より過酷な状況になっている。"クリスティー×「LOST」"みたいな。マザー・グースの歌になぞらえる童謡殺人の妙味は薄いものの、10体の人形が次々となくなる不気味さは健在。さらには、監視カメラ映像と黒衣の犯人像が恐怖をあおる。ホラーテイストが現代風だ。
1939年に発表された原作のままでは、確かに時代が合わない。80年以上の時差を埋めるのは10人の罪の背景である。
不倫に苦しむ女、出世競争で蹴落とされた男、貧困から犯罪に手を染めた男女、カルトじみたビジネスで成功した男、息子を溺愛し判断を誤った母に、幼少期にいじめられていた男...。各々が抱える後ろめたさは、世界中で現在進行形の罪でもある。
私が好きなのは、疑心暗鬼に陥る女たちが、えげつなく浅ましくてたくましい点。彼女たちの過去、協調と対立の構図が物語に緩急をつけ、見る側の良心に揺さぶりをかける。犯人捜しのミステリーというよりは、女たちの社会派群像劇として楽しんだ。全6話と短めだが、余韻は想像以上に深く残る。
よしだ・うしお●'72年生まれ。ドラマ好きのコラムニスト兼イラストレーター。 週刊誌や新聞でテレビ・ドラマ評を執筆。時々テレビにコメンテーターとして出演。著書「くさらないイケメン図鑑」など著書多数。ネコ2匹と同居中。
文=吉田潮
放送情報
そして誰もいなくなった フランス版
放送日時:2020年12月20日(日)16:30~
チャンネル:AXNミステリー
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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