『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』は1984年に公開された、セルジオ・レオーネ監督によるギャング映画だ。これが何と、宝塚の舞台に登場した。
マフィア、移民、禁酒法、ハリウッド、労働争議...「狂騒の20年代」から世界恐慌、そして戦後の50年代に至るまでのアメリカの激動が凝縮されている。この時代に思い入れがあるという小池修一郎が満を持して創り上げた一作である。
3時間49分もの長編(完全版)、しかもハードなシーンも少なくないこの映画が、如何にして宝塚らしく舞台化されているかに注目だ。必見は何といっても1幕ラストだろう。映画では最も過激なシーンが宝塚では最高に美しくも哀しい場面となっている。
そしてまた、雪組トップスターとして円熟期を迎えた望海風斗あってこそ成立した作品であるともいえる。決して早咲きの人ではなかったが、花組から組替えして雪組のトップスターになってから演じた多彩な役の振れ幅には驚かされる。『ひかりふる路(みち) 〜革命家、マクシミリアン・ロベスピエール〜』のロベスピエール役で理想を追い求める男の狂気を表現してみせたかと思えば、『20世紀号に乗って』のオスカー役ではコメディセンスも如何なく発揮して客席を笑いの渦に巻き込んだ。
その望海が演じる主人公ヌードルスは決して人生の成功者ではない。だが、時代のうねりに翻弄されてきた男が、それでも必死に頑張って生きてきた道程を振り返って言う台詞は、今の望海ならではの、しみじみとした味わいだ。
ヌードルスの憧れの人、デボラを演じるのがトップ娘役の真彩希帆。凛とした強さで真彩らしいヒロイン像を創り上げる。まるで鈴を振るような美しい声も魅力で、レビューの舞台でデボラが一躍スターとなるシーンは宝塚らしい華やかな見せ場になっている。
望海・真彩コンビがその歌唱力を如何なく発揮した『ファントム』は、宝塚史上に末永く残るに違いないが、本作に宝塚らしい夢とロマンを加味するためにも、このコンビの表現力豊かな歌声は必要不可欠だったと思う。
結末も改変されており、映画の謎めいた終わり方と違ってヌードルスと相棒マックス(彩風咲奈)との関係の変化とその顛末がわかりやすい。ヌードルスに対する複雑な感情、デボラへ寄せる思い...マックスの揺れる心を彩風が人間味あふれる芝居で見せる。
また、労働運動家であるジミー(彩凪翔)映画にはないシーンがいくつかあり、マックスとジミーの関係も深く掘り下げられている。彩凪もこれに応えた怪演で、数多のギャングは登場すれど、この物語での一番のワルはじつはこの人かも知れないと思わせる。
この他、映画と同名だが設定が違う役もいくつかあるが、大きく変わったのはマックスの恋人キャロル(朝美絢)だろう。朝美演じるキャロルは、いつもは男役であることを忘れさせる美しさだ。
ヌードルスの一味であるコックアイ(真那春人)とパッツィー(縣千)も映画を思い出させる個性的なキャラクターを作り上げている。裏社会を逞しく生き抜く男たちを演じさせたら、雪組の男役はやはり上手いなと思う。
舞台セットもよくよく見ると映画に忠実だ。ファット・モーの店にあるサンドバッグ、少年たちに横取りされるケーキ、禁酒法撤廃での大騒ぎで登場する棺桶など。元の映画が好きな人は、そんな比較も楽しめるのではないだろうか。
この作品の東京公演が開幕した直後にコロナ禍により政府の「自粛要請」が出され、大半の公演が中止になってしまった。その意味でも忘れられない作品であり、1月1日(金)にタカラヅカ・スカイ・ステージで放送される東京公演千秋楽は、宝塚初のライブ配信が行われた記念すべき公演でもある。そんなことも思い起こしながら、じっくりと楽しみたいと思う。
文=中本千晶
放送情報
『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』 ('20年雪組・東京・千秋楽)
放送日時:2021年1月1日(金)21:00~
チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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