一転して、上京してからの涼子の変身ぶりも見事だ。自分の夢のためにはどんなこともする、恐ろしいほど貪欲な女と化した涼子。過剰な上昇志向と、過去に翻弄されて怯え、やがて堕ちていく...。一遍のドラマの中で、ことごとく変幻する女性像をなんの違和感もなく、説得力をもって表現できる女優は希少ではないだろうか。今の若手で誰がこの役にふさわしいか、想像してもあまりピンとこない。それほど、松雪の涼子像はまさに適役だった。
悪役を務めた飯村役の坂口憲二も好演している。端正な顔立ちとスポーツマンの印象が強く、本作のような女を騙して殺されるような汚れ役は珍しいが、涼子に暴力を振るう場面など、緊迫感と迫力を感じさせて俳優としての力量を見せつけている。ただ、バイオレンスシーンや性描写にも深みを感じさせるのは、演出の巧みさもあったように思える。演出は『西遊記』(2006年)などを手掛けた澤田鎌作が担当しているが、近年の地上波のドラマではここまで踏み込んだ表現が難しくなっているので、ある意味でいい時代だったのかもしれない。
時代設定自体が古いため、全体的にレトロな雰囲気が漂っているがそこも味わい深い。女優・松雪泰子にとってもチャレンジだったと思うが、当時はすでに女優として十分な実績を積んでおり、彼女自身にも上昇志向は健在だったのだろう。最近でもWOWOWの『邪神の天秤 公安分析班』(2022年)において、クールな公安刑事役を好演していた。
近年では珍しくなった、制作陣と俳優たちの気概が伝わってくるような良作をぜひ見てもらいたい。
文=渡辺敏樹
放送情報
松本清張:顔(2013/10/3)
放送日時:2022年8月2日(火)09:30~、8月7日(日)02:00~
チャンネル:ホームドラマチャンネル
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