ゲイリー・オールドマン演じる伝説のパンクロッカーはいかにして破滅の道を歩んだのか?「シド・アンド・ナンシー」に流れる保守性への反抗

ドラッグに溺れるシドとナンシー
ドラッグに溺れるシドとナンシー

(C) 1986 Zenith Productions Ltd

ストーリーを追っただけで、映画「シド・アンド・ナンシー」は、まずラブストーリーであることが理解できるだろう。それが第1の見どころ。シドとナンシーは誰よりも自由奔放だった。クソ真面目な大人を毛嫌いし、欲求に忠実に生きる反逆児。一方で、2人だけの時は、子どものように純粋に映る。ふざけて笑い合い、じゃれ合い、愛を語るなどのロマンチックな瞬間もある。

しかし、それをドラッグが確実に蝕んでいく。ボロボロになってなお、彼らは互いを必要としていた。それが恋愛なのか、共依存に過ぎないのかは、観る者の判断によるが、いずれにしても壮絶なラブストーリーであることに変わりはない。

■音楽ファン必見!忠実に再現された当時のパンクロックシーン

第2の見どころは、ロンドンのパンクシーンを忠実に再現していること。1977年のイギリスは、エリザベス女王在位25周年を祝う空気に覆われていたが、そんな保守性に反抗するようにパンクは若者の間で盛り上がりをみせる。

女王の式典当日、ピストルズはテムズ川の船上でゲリラ的にライブを行ない、女王とイギリスを激しくディスったナンバー「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン」を演奏するが、すぐに警察に逮捕された。

この一連の史実は本作でも描かれている。このほか、強烈なビートのみならず暴力的な行為に彩られ、ツバと汗、時には血も飛び交うライブハウスの様子や、過激なファッションなど、当時のパンクカルチャーを甦らせた。音楽も同様で、シドが歌う「マイ・ウェイ」は、当時の映画「グレート・ロックンロール・スウィンドル」(1979年)での彼の出演シーンの再現だ。

(C) 1986 Zenith Productions Ltd
(C) 1986 Zenith Productions Ltd

反体制的な1970年代後半に起こったパンクロックのムーブメントも忠実に再現!

3番目の見どころは、俳優陣の強烈な演技。「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(2017年)でアカデミー主演男優賞を受賞し、多くの俳優に尊敬されているゲイリー・オールドマンにとって、シドを演じた本作は出世作に。現存していたシドの映像を参考にして頭の先からつま先まで、さらには仕草にいたるまで、徹底的に研究して役になりきった。その凄みに、ただただ圧倒される。

ナンシーを演じたクロエ・ウェッブにとっても、これは出世作。激しく怒り、激しく泣きわめき、激しく愛する、そんなナンシー像も鮮烈だ。ちなみに、ニューヨークでナンシーの親友を演じた当時無名のコートニー・ラヴは90年代にロックバンド、ホールのフロントマンとして人気を博し、女優としてもおなじみの顔になる。カリスマ的なロックボーカリスト、イギー・ポップもチラリと顔を見せているが、これまた音楽ファンにはうれしい場面と言えるだろう。

(C) 1986 Zenith Productions Ltd
(C) 1986 Zenith Productions Ltd

右傾化・保守化する当時のイギリス社会への批判も込められた意欲作

コックス監督はこれらの要素をまとめ上げながら、もう一つ興味深い政治性を加えた。「シド・アンド・ナンシー」が製作された1980年代、マーガレット・サッチャーが首相を務めていたイギリスは右傾化・保守化の一途をたどっていたが、これはレーガン政権下のアメリカからの影響が大きい。

そして、この傾向はイギリスをダメにしたと、コックスは考えていた。ナンシーというアメリカ人女性が、イギリス人のシドの人生に入り込み、破滅へと導いていく。そんなドラマが痛烈なアメリカ批判に思えるのは、コックスが「レポマン」や「ウォーカー」でも米国を風刺していたからだ。ともかく、本作は強烈な一撃であることに疑いの余地はない。右傾化する体制と反逆のせめぎ合いは、現在も世界中で繰り広げられている。そういう意味でも「シド・アンド・ナンシー」は、今こそ観るべき映画だ。

文=相馬学

相馬学●1966年生まれ。アクションとスリラーが大好物のフリーライター。「DVD&動画配信でーた」、「SCREEN」、「Audition」、「SPA!」等の雑誌や、ネット媒体、劇場パンフレット等でお仕事中。

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放送情報【スカパー!】

シド・アンド・ナンシー
放送日時:2022年3月31日(木)22:45~

チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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