しかし実際のところ、「タクシードライバー」の脚本は日記の出版より前に書かれており、執筆したポール・シュレイダーはブレマーの日記と、当該者が起こした事件からの影響を、本作の製作40周年を記念したスタッフ・キャストのリユニオン(於:2016年トライベッカ映画祭)でやんわりと否定している。また演出したスコセッシも、この映画は特定の事件からインスパイアされたものではなく、政治的指導者が凶弾に倒れた時代の空気を包括的に捉えたものだと語っている。
こうした作品の扱いに対する慎重さの背後には、もう一つの現実に起こった出来事の存在がある。それは1981年3月30日、当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンが狙撃されて重傷を負い、ホワイトハウス報道官ジェイムズ・ブレイディが命を失った暗殺未遂事件だ。犯行に及んだジョン・ヒンクリーは本作に出演したジョディ・フォスターのためにやったと自供し、動機の一因として「タクシードライバー」の存在があったことをほのめかしている。
このように、映画が凶悪犯罪のスケープゴートにされたことが、作品と、ベースとなったであろう事件に対して言及することへのトーンを下げている。また、同時にそれは、戦争帰還兵を犯罪者予備軍だというふうに捉えられることを警戒しての配慮ともいえるだろう。
シュレイダーはトラビスというキャラクターへのアプローチに対し、「孤独に生きてきた自分自身の姿が反映されている」と述懐。それを創作に昇華させることで、リハビリのような役割を果たしたのだと前掲のリユニオンで答えている。
作品が成立した時代を考慮すれば、この映画がウォレス暗殺未遂事件とまったく無関係だとは言い難いし、また本作から発せられる、事件性の強い香気を完全に消すことはできないだろう。とはいえ、好悪の感情はさておき、「タクシードライバー」の経年による文化的価値の高まりは、実在した事件との関係を負の遺産として指摘する以上に、創作上果たした役割に関して語気を強めたほうが印象がいいのかもしれない。監督や俳優たち、すべての主要なクリエイターのキャリアの転換点になった記念碑的作品だけに、その傾向はなおさらだ。
文=尾崎一男
尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
放送情報【スカパー!】
タクシードライバー [4K修復版]
放送日時:2023年1月8日(日)15:30~、19日(木)0:30~
チャンネル:WOWOWプラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります