吉川英治の小説『宮本武蔵』が宝塚で舞台化された。文庫にして全8巻の長編小説を1時間半にぎゅっとまとめてあり、原作の印象深いエピソードをできる限り盛り込んである。名前だけは知っているけれどその実態はよく知らない「宮本武蔵って何者?」を知るのにもぴったりで、原作ファンにとっても興味深い作品だろう。この作品が4月19日(日)にタカラヅカ・スカイ・ステージで放送される。
宮本武蔵は戦国時代末期から江戸時代初期に生きた剣客である。「関ヶ原の戦い」では西軍に参戦したと言われ、晩年には「島原の乱」で幕府方として戦っている。激動から安定へと時代が移る中、武士が刀で戦う時代が終わりを告げようとする中で、剣の道を極め続けた最後の剣豪でもあった。
この主人公・宮本武蔵が月組トップスターの珠城りょうにピッタリだ。真面目で誠実な会社員(『カンパニー -努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)-』の青柳誠二)、ウィーンの一流ホテルの御曹司(『I AM FROM AUSTRIA-故郷(ふるさと)は甘き調(しら)べ-』のジョージ)、果ては月から来た大悪党(『BADDY(バッディ)-悪党(ヤツ)は月からやって来る-』のバッディ)までさまざまな役柄に挑戦し、最近では一見意外なキャスティングに思えた『赤と黒』のジュリアン・ソレルも好演。守備範囲をどんどん広げる珠城だが、どこまでもストイックな求道者である武蔵は珠城そのもの。珠城りょうだから演じられる役柄だったように思う。
旅先でさまざまな武芸者と戦い、腕を磨いていく武蔵。吉岡一門を率いる吉岡清十郎(暁千星)に戦いを挑み、一度は敗れるものの1年後に勝つ。続いて弟の伝七郎(夢奈瑠音)が一門総勢70名を率いて「一乗寺下り松の戦い」を挑むが、これも見事に打ち破る。武蔵がだんだんと強い敵を倒していくロールプレイングゲーム的な話としても楽しめるのだ。
そして、最後に巌流島で武蔵を待ち受けるのが佐々木小次郎(美弥るりか)である。通称「物干し竿」と呼ばれる長い刀を使いこなし、「燕返し」という技でも知られる美丈夫だ。この作品では小次郎はキリシタンであったという説が採用され、首に十字架をかけている。クールで洗練され、ちょっと世を儚むような雰囲気が朴訥な武蔵と好対照で、この作品が卒業公演となった美弥が有終の美を飾っている。
小説オリジナルのユニークなキャラクターたちも見逃せない。この作品で新たにトップ娘役となった美園さくらが武蔵を一途に思い続けるお通を健気に演じる。武蔵が悟りを開くきっかけを与える吉野太夫(海乃美月)が凛として美しい。息子・又八を溺愛するがゆえに武蔵を憎み、お通をいじめ抜くお杉(夏月都)が、原作から抜け出て来たかのような強烈な存在感だ。武蔵と幼馴染みであり、お人好しだがダメ人間の又八役は月城かなとであったが、怪我で公演途中から休演したため代役を風間柚乃が務めている。
武蔵が残した名著『五輪書』にちなんだ演出にも注目したい。『五輪書』は兵法書だが、勝負事に関わる人たちの間で今も愛読されている1冊で、「地之巻」「水之巻」「火之巻」「風之巻」、そして、剣の道を極めた先に見えるものを描いた「空之巻」の5巻からなる。
この『五輪書』の教えが、沢庵和尚(光月るう)が若かりし日の悪童・武蔵(たけぞう)を生まれ変わらせるときに教え諭すセリフと歌詞の中に盛り込まれている。また、舞台セットで「地・水・火・風・空」の五文字が大きく掲げられる場面もある。
宝塚の守備範囲の広さに驚かされる1作。"ベルばらだけではない"宝塚の振れ幅を楽しもう。
文=中本千晶
放送情報
『夢現無双 -吉川英治原作「宮本武蔵」より-』('19年月組・東京・千秋楽)
放送日時:2020年4月19日(日)21:00~
チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合がございます。
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