■特異な映像世界が放つ魔術的な妖気から逃れられなくなる!?
しかし「サスペリア」の底知れない魅力は、そうした合理性の欠如を補ってあまりある。むしろ「作り手のこのような意図が見事に実現されているから素晴らしい」というような通常の論理的な批評では語ることができない「何が何だかわからないが、ただ魅了されずにいられない物凄い描写」があちこちに盛り込まれている。
例えば中盤、主人公スージーとルームメイトのサラが学校内のプールで会話するシーン。おぞましい出来事は何も起こらないというのに、不意に挿入される階上からの俯瞰ショットに胸のざわめきを覚えずにいられない。無防備な水着姿でゆらゆらと水中で立ち泳ぎしているスージーらを、邪悪な何かの眼差しが凝視し、超自然的な魔力で絡め取ろうとしている確かな予兆が、信じがたいほど生々しくわき起こってくる。映画における「ショット」というものの威力を、まざまざと証明する場面である。さらに、冒頭の空港のシーンにおける「自動ドア」のクローズアップは、理屈的にはまったく意味不明のインサートだが、おそらく映画史上で唯一の「自動ドアの開閉を官能的に表現したショット」としてフィルムに焼きつけられた。
そもそも「サスペリア」は直接的なセクシュアル描写が一切ないのに、なぜか濃密なエロティシズムを湛えている。先述したプールの水や自動ドアに加え、窓やガラスといったもろく壊れやすい装飾物、風も吹いていないのに廊下で揺らぐカーテンなどを映像化したアルジェントのこのうえなく繊細な感性が、観る者の潜在意識に訴えかけるからだろう。アメリカから招いた主演女優ジェシカ・ハーパーの童顔と華奢な体つきが醸し出す危うい少女性も、この極彩色の悪夢のごときフェアリーテールの艶めかしさを増幅させている。
かくして「サスペリア」は後進の映画監督たちのみならず、さまざまな分野のクリエイターに多大な影響を与え、世界中の一般の映画ファンの人生をも狂わせるほどのホラー映画となった。その特異な映像世界を覗き込み、ひとたび虜になってしまった者は、ひょっとするとアルジェントが創出した魔術的な妖気から生涯逃れられなくなるかもしれない。多感な小学生の時に罪深き「サスペリア」を映画館で鑑賞したせいで、今もこのような文章を書いている筆者が言うのだから間違いない。
文=高橋諭治
高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。
放送情報【スカパー!】
サスペリア(1977)[HDリマスター版]
放送日時:2021年6月13日(日)19:00~、23日(水)1:00~
サスペリア(2018)
放送日時:2021年6月13日(日)21:00~、24日(木)1:15~
チャンネル:スターチャンネル1
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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