映画ライター・高橋諭治が、異端の宗教ホラー『ウィッカーマン』を語る!

熱狂的な支持者も多い、伝説の奇祭映画
熱狂的な支持者も多い、伝説の奇祭映画

■斬新すぎて、公開時は名作の「添え物」扱いだった

1999年に英国映画協会(BFI)が選定した「20世紀の最も偉大な英国映画」トップ100のリストには、2本のホラー映画がランクインしている。ニコラス・ローグ監督の『赤い影』(8位)と、ロビン・ハーディ監督の『ウィッカーマン』(96位)である。くしくもこの2作品は共に1973年に作られ、本国では2本立てで公開された。古典のチェックも怠りない熱心なホラー映画ファンならば、「なんとすごい2本立てだろう!」と感嘆せずにいられない組み合わせだが、実は『ウィッカーマン』は製作元のブリティッシュ・ライオン社から興行的価値が乏しいと見なされ、『赤い影』の添え物扱いであった。

『ウィッカーマン』は英国を代表する怪奇スターのクリストファー・リー、『赤い影』のプロデューサーでもあったピーター・スネル、『探偵〈スルース〉』(1972年)の原作戯曲と脚本を手がけたアンソニー・シェイファーのコラボレーションから始まった企画である。そこにシェイファーの友人で、アメリカでCMを作っていた新人のロビン・ハーディ監督が加わった。彼らが構想したのは、フランケンシュタインの怪物や吸血鬼が暴れまくるハマー・フィルムのホラーとはまったく異なり、異端的な宗教を題材にした斬新な恐怖映画だった。

奇妙な島に誘われてしまった真面目な中年警官の運命は...

(c)1974 STUDIOCANAL FILMS Ltd

映画は水陸両用機に乗った中年警官ハウイー(エドワード・ウッドワード)が、スコットランド本土からリンゴの特産地であるサマーアイル島にやってくるシーンで幕を開ける。ハウイーの目的は、この島で行方不明になった12歳の少女ローワンを捜すこと。ところが、ローワンの写真を見た島民たちは口々に彼女のことなど知らないと言う。やがて夜の草原でセックスを交わす何組もの男女、素っ裸で焚火を囲んでいる若者らを目撃したハウイーは、怪しげな領主のサマーアイル卿(クリストファー・リー)と対面したのち、島に隠された秘密に迫っていくのだが...。

ケルト神話に支配されたサマーアイル島では、奇妙な光景が繰り広げられていた

(c)1974 STUDIOCANAL FILMS Ltd

まず重要なのは、ハウイーが敬虔なキリスト教徒だというキャラクター設定だ。厳格な信仰に従って生きるハウイーにとって、島民たちの破廉恥な振る舞いは神に背く「淫らな罪」にほかならず、小学校の教師が子供たちに男根崇拝を教えるなどもってのほか。天と地がひっくり返るほどの衝撃だ。正義感と怒りに駆られて捜査を続行するハウイーは、彼自身はもちろん、観客の想像をも超えた悪夢のような運命をたどっていく。

サマーアイル卿役は、『スター・ウォーズ』でシスの暗黒卿を演じたクリストファー・リー

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いわば本作は「社会の常識やモラルが通用しない異常な世界」に足を踏み入れてしまった男の恐怖譚なのだが、これはキリスト教圏の社会を「正常」と見なした書き方である。サマーアイル島の住民もまた自然を崇めるケルトの古代宗教を信仰しており、彼らの視点に立てば、上から目線でキリストの教義をふりかざすハウイーこそは傲慢なよそ者の異教徒だ。それぞれ自分が正しいと信じて疑わない両者の言い分はさっぱり噛み合わず、映画はクライマックスの惨劇に突き進む。こうした宗教的対立の構図を入念に描き込んだシェイファーの脚本が素晴らしく、製作から半世紀近く経った現代にも通じるテーマがそこにある。また、開放的なラブ&セックスを叫ぶヒッピー・ムーブメントの名残があった1973年は、伝統的な宗教や社会道徳の価値観が揺らいだ時代でもあった。シェイファーはそんな時代の空気を踏まえ、風刺的な考察を試みたのかもしれない。

童貞のハウイーを、島の娘ウィローが誘惑する目的とは?

(c)1974 STUDIOCANAL FILMS Ltd

■制作上の「嘘」が醸し出した、得体の知れない異教の島の「違和感」

むろん、上記のような宗教的テーマをあれこれ考える以前に、この映画は全編が途方もない驚きに満ちている。安宿の娘ウィローに扮したブリット・エクランドが、壁一枚を隔てて童貞のハウイーを執拗に誘惑するヌードダンスは一度観たら忘れられないし、威厳のある美声で島の教義を説くクリストファー・リーのカリスマ性にも圧倒される。そして終盤、海辺の丘の上についに姿を現す巨大なウィッカーマン(人身御供の儀式に用いられる人型の檻)のあまりにも異様な光景! さらには、不思議の国に迷い込んでしまったハウイーを島民たちがゲームに興じるかのように翻弄していく様を、10曲以上の牧歌的なフォークソングをちりばめたミュージカル調で映像化。それら大半のシーンを白昼のロケーションで撮影したことも、当時のホラーとしては画期的であった。

枝でできた巨大な人型の檻「ウィッカーマン」の燃焼が、奇祭の目玉!

(c)1974 STUDIOCANAL FILMS Ltd

製作時のブリティッシュ・ライオン社は財政難に見舞われており、ハーディ監督やシェイファーらは厳しい低予算&ハードスケジュールの撮影を余儀なくされた。春の五月祭を背景にした物語だというのに、季節違いの秋に撮らざるをえなかったため、ロケ地のあちこちをプラスチック製の花で飾り立てるはめになった。しかし、そうした苦肉の策である制作上の「嘘」が、得体の知れない異教の島の「違和感」を醸し出しているのだから面白い。この企画に情熱を燃やしていたクリストファー・リーはノーギャラで出演し、のちに自身の最高傑作のひとつだと公言するくらい本作を気に入っていたという。

2006年、ニコラス・ケイジ主演でリメイクされている

(c)1974 STUDIOCANAL FILMS Ltd

初公開時に『赤い影』の「おまけ」という不遇の扱いを受けた本作は、それ以降もオリジナル・ネガ紛失などの理不尽なトラブルを被ったが、1980年代以降にカルトムービー化して正当な評価を得た。長らく比較すべき作品が見当たらない孤高のホラーだったが、2019年に北欧の異教をモチーフにしたアリ・アスター監督作品『ミッドサマー』が登場し、日本でも大反響を呼んだことは記憶に新しい。新旧の「奇祭ホラー」をじっくりと見比べて、共通点やテーマの違いを探ってみるのも一興である。

文=高橋諭治

高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。

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放送情報

ウィッカーマン(1973)
放送日時:2021年5月8日(土)19:20~ほか
チャンネル:スターチャンネル1
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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