野村明弘の5選、チェルシーに"恋した"試合を凌ぐ「イスタンブールの奇跡」

"サッカーが待ちきれない"人たちに自身の記憶に強く刻まれている忘れられない試合や、サッカー愛に溢れる方々にその思いを語っていただく特別インタビュー企画。実況、解説、関係者が選ぶ「マイベストゲーム5選」。今回、登場するのは、有料チャンネルで国内外のサッカーを見ている人ならば、誰もが聞いたことのある"あの声"の持ち主、アナウンサーの野村明弘。

プレミアリーグ・チェルシーのファンとしても有名な野村だが、「マイベストゲーム5選」のうち、自ら実況を担当した試合は1試合のみ。その理由は、現地の雰囲気を大切にするという矜持を持つ野村らしいセレクトだった。

【第5位】EURO2004 グループリーグ第2節

チェコ 3-2 オランダ

EURO2004は、初めて現地で観戦した主要国際大会です。オランダが序盤に2点を先制しますが、チェコも2失点した直後に選手交代で動き、前半のうちに1点を返します。この時点で十分に見応えのある試合でしたが、たまたま隣に座っていたイングランド人がこう言ったんです。

「すごいゲームだね、テニスみたいだ」

とても的確な表現だと思いました。めまぐるしく攻守が入れ替わりボールは両方のゴール前を行き来する。この展開をテニスに例える彼の感性に感服したのを覚えています。

後半に入り2-1でゲームが進んだのですが、残り30分以上ある時間帯でオランダが逃げ切りに入ります。当時のオランダは取られても取り返す攻撃的なチームだったのですが、ロッべンを下げてディフェンシブな選手を投入したことで、すごいブーイングが起こりました。

結局この消極的な采配が響き、オランダはチェコに2-3で破れてしまいます。

ロッベンの交代が響きオランダは敗れた。

写真:アフロ

試合後、駅までのバスに乗るために並んでいると、オランダサポーターに「今日の采配、どう思う?」と話しかけられたんです。「あそこで守備的になるのは驚いた」と返答をすると、「そうだろ!?」と言われ、怒涛のトークが始まりました。

「オランダの価値観はな...」といったところから始まり、バスに乗ってからも「僕たちの歴史はだな......」と監督の批判が続き、さらに電車も同じ方向になって「僕たちオランダ人の心情と違う。解任だ」という話を合計2時間くらい聞かされました。

スタンドで会ったイングランド人はニュートラルに「テニスみたいだ」と表現し、オランダサポーターは自国に対する思い入れを2時間以上も、赤の他人である日本人の僕をつかまえて話す。

国それぞれで価値観が違って、思い入れがあって、采配に納得いかなければ自国や監督に対してあれだけの批判をする。ヨーロッパのサッカー文化を感じることができました。

【第4位】2010年南アフリカ W杯 準々決勝

ウルグアイ 1-1(PK4-2) ガーナ

今回挙げた試合のうち、僕が実況しているのはこの試合だけです。1-1でゲームが進行し、延長後半ほぼラストプレーという状況の121分、ガーナのシュートをルイス・スアレスが自陣ゴール前で手を使って弾き出しました。名波浩さんと一緒に現地で実況していましたが、「何が起こったんだ」と事態がつかめず、絶句した記憶があります。

衝撃的だったスアレスのハンド。

写真:アフロ

その後、ガーナがPKを決めてアフリカ勢初のW杯ベスト4が決まると思い、心の準備をしていました。しかし、アサモア・ギャンのキックはクロスバーに当たって枠の外へ。僕も、解説の名波さんも、他国の放送席で解説していたアーセン・ベンゲルも、みな一斉に頭を抱えました。ここでまた、絶句です。

ギャンがPKを蹴った瞬間、退場したスアレスはピッチのすぐ外にいて、外したシーンでは大喜び。一連の流れがあまりにもドラマティックで、居合わせた自分の興奮と、伝える使命感と、いろいろな感情が入り混じって不思議な感覚でした。

PK戦では、ほんの数分前に外してしまったギャンが一人目のキッカーを担当して、見事に決めてみせたんです。最終的にガーナは敗れましたが、一人目を志願したギャンの男気には震えましたね。

この感情を、当時は実況者として、うまく言葉にできませんでした。でも、今はそれもいいのかなと思っています。あんなドラマの連続は、おそらく会場にいる人たちもみんな言葉が出ないし、頭を抱えてしまう。

アナウンサーとしてはどういう言葉で伝えられるかを考えますが、頭で考えるより、思わず出てしまう言葉や、言葉が出ずに黙ってしまうことが本心です。

このゲームは、実況の原点となりました。自分で実況した試合で、あんなに感情がゆさぶられる経験はないと思います。特に延長戦のラストからPK戦、試合終了後まで、いろんな心情に揺れ動いた稀なゲームだったので、第4位です。

ただ、実は「言葉にできなくてもいい」と思えるきっかけになったゲームもあります。それが第3位のゲームです。

【第3位】UEFAチャンピオンズリーグ 2007-08 準決勝2ndレグ

チェルシー 3-2(延長) リバプール

今回挙げた5試合のなかで、唯一現地観戦も実況もしていない試合です。西岡明彦アナウンサーの実況のもと、テレビ観戦していました。

主役はフランク・ランパード。彼のお母さんが亡くなられた後に初めて出場したゲームでした。彼は練習にほぼ参加できない中、クラブ史上初めてのCL決勝進出がかかる大事な一戦を迎えました。

1stレグを1-1で引き分け、迎えたホームでの2ndレグ。ランパードはメンタルもフィジカルも非常にきつい状態の中でスタメンを志願しました。延長戦も交代せず最後まで出場し続け、試合の中、それも延長に入ってからPKを蹴ることになります。PKを蹴るときに唇をしきりに舐めて、ものすごい緊張感が伝わってきました。

結果は見事右隅にシュートを決めてゴール。その直後、左側に走っていき、コーナーとゴールの間で喪章を外し、キスながらうずくまり、手を上に挙げて泣きじゃくっていました。お母さんが亡くなられ、精神的にもフィジカル的にも厳しい中で延長までプレーし、あの緊張感のなかでシュートを決めて、お母さんにゴールを捧げるというシーンでした。

感動的なPKを決めたランパード。

写真:アフロ

もうひとつ感動的なことが、西岡アナウンサーの実況です。このシーンで西岡さんはほとんど喋らず、「ランパード決めた」のあと「泣いてます」とだけ言い、スタンドにいたお父さんのフランク・ランパード・シニアがカメラに抜かれたときには「お父さんです」としか言わなかったんです。

事前にランパードの状況は説明されていたので、あえてこのシーンは言及せず、映像をそのまま見せていたのが印象的でした。アナウンサーが黙るのは、本当に勇気が必要なことです。

西岡さんに当時、話を聞いたのですが、「現地のディレクターやスイッチャーがすごい」と。実は、お父さんの姿は延長戦になるまで、一度もカメラに抜かれていなかったんです。

画面に出さずに引っ張り、延長でランパードがPKを決めたあと、妻を亡くした夫をカメラで捉える。「ここぞ!」という瞬間になるまでカメラで抜くことを耐えられる、現地の放送陣がすごい、と。

大好きなチェルシーというクラブと、大好きなランパードという選手に起こったエピソードを、尊敬する西岡アナウンサーの「黙る美学」と、感動の押し売りをしない現地放送陣......そういった流れがみんなの心を打った試合でした。

【第2位】UEFAチャンピオンズリーグ 2003-04 準決勝2ndレグ

チェルシー 2-2 モナコ

私がチェルシーファンになるうえで、決定的な出来事が起きたのがこの試合です。

僕は03-04シーズンの途中からロンドンに留学していて、比較的容易にチケットを入手できるチェルシーの試合をよく見に行っていたんです。この試合も、現地で観戦しました。

当時は、クラウディオ・ラニエリが監督でした。メディアやファンの受けが良く、優しいおじさんという印象のラニエリのことを、サポーターは大好きでした。

しかし、プレミアリーグはすでにアーセナルが優勝を決め、「CLでタイトルをとらないと、ラニエリは解任だ」と言われている中で、準決勝1stレグでは1-3で敗北。後がない状況でした。

試合が始まると、一時は2-0でリードし決勝進出に手をかけたものの、直後に1点返され、後半には追いつかれ2-2に。勝ち抜けは絶望的になりました。

敗退したらラニエリが解任されるとわかっていたチェルシーファンは、試合終了の少し前からラニエリコールを始めます。試合終了の笛が鳴った後も関係なく、ラニエリへのチャントを歌っていました。

普段のイングランドのサポーターは、「勝てない」と諦めたらどんどん席を立ちます。試合終了後5分くらいで全員スタンドからいなくなるくらい、帰るのが早いんです。しかし、この試合ではチェルシーの敗退が決まっても、多くの人が帰らずラニエリとチームのチャントを歌っていました。

(キャプテンのジョン・テリーら選手たちも心を打たれたようで、試合後のピッチ上で、ファンの声に呼応し、スタジアムは素晴らしい雰囲気に包まれたのです。)

そのころの僕は、チェルシーに対して「アブラモビッチの金満クラブ」というイメージを抱いていました。それ以前も、イタリアンコネクションでいろんな選手をとってくる派手なチームというイメージでした。

しかし、この試合で「選手とサポーターとの関係がこんなに熱いクラブなんだ」と驚きました。「恋に落ちた」試合です。「チェルシー=パッション」という、みなさんがなかなか思い描かない構図が私の中で生まれた試合だったので、第2位に挙げました。

チェルシーファンから愛されたラニエリ監督。

写真:アフロ

【第1位】UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05 決勝

リバプール 3-3(PK3-2) ミラン

「イスタンブールの奇跡」として、あまりにも有名な試合です。帰国前に現地で観戦した、最後のゲームです。

僕が座ったのはメインスタンドから向かって右側、コーナーフラッグよりやや手前、ゴールエリアの延長線上にある席でした。結果的に、90分間で記録された6ゴールすべてを目の前で見ることになります。

試合は早々にミランが先制、その後も2点を追加して、前半だけで3-0とリードしました。行き道のバスの中で饒舌で歌いまくり盛り上がっていたリバプールサポーターが、まるでお通夜のように暗くなっていました。

かといって、今から帰ることはできない。「もしかしたら、最後まで沈んだ気分のまま試合を見なければいけないのかも」。そんな気持ちだったのかもしれません。

ところが、後半から怒とうの追撃が始まりました。まずスティーブン・ジェラードがゴールを決めると、スタジアムの空気が一変。そのあとスミチェルがゴールを決め、ジェラードがとったPKはシャビ・アロンソが弾かれながらも押し込み、3-3に追いつきます。

会場の8割をリバプールファンが埋めていたため、完全にリバプール優位の空気のなかでゲームが進み、3-3のまま延長、PK戦になりました。GKドゥデクの"スパゲティダンス"もあり、最終的にはシェフチェンコが止められて会場が沸く。リバプール31シーズンぶりのCL優勝の瞬間です。

伝説の一戦をリバプールが制した瞬間。

写真:アフロ

人間は自分の喜びを超えると、泣いているのか笑っているのか、叫んでいるのか、感情が入り乱れてわからなくなるんですよね。

当時の状況を例えると、長野オリンピックのスキージャンプ団体で、原田選手が「船木いぃ」と弱々しく叫んでいた様子です。何万もの人たちの感情が入り乱れ、ひざから崩れ落ちてしまうようなゲームは、この先一生見ることができないと思うくらいすごいものでした。

これほどまでに人々の心を揺さぶるフットボールを伝えるということを1年半に及ぶイングランド留学から帰国前の最後に教えてもらい、実況アナウンサーという舞台へ送り出してもらったゲームとして印象に残っているので、これが第1位です。

■日常のありがたみを噛み締めながら、フットボールを楽しむ

当たり前だったことが当たり前にできない毎日が続いています。フットボールは、平和や健康などがすべて整って初めて成り立つと改めて感じました。

自粛期間中には、スカパー!も含め色々なチャンネルで過去のJリーグや海外の試合を見ることができたと思います。チームだけでなくリーグや国にさまざまな歴史があり、JリーグならJリーグ、プレミアならプレミア、チャンピオンズリーグならチャンピオンズリーグの歴史を改めて見返す機会になり、今後の試合を見る楽しさが倍増すると思います。フットボールを点ではなく線で見るいい機会になるはずです。

コロナは大変だし嫌なことですが、起こってしまったことは仕方ない。いまは医療関係者やワクチンを開発してくれている人など、色々な人が戦ってくれています。この戦いに勝つことができれば、素晴らしい日常が戻ってきます。

いざ日常が戻ったときに、スタジアムに行けることのありがたさ、今までは当たり前に感じていたかもしれないけど、本当に色んな人の努力や歴史があったことがわかると思います。

ただ、またコロナがぶり返してしまうと、また日常が日常ではなくなってしまうかもしれない。いつまでも日常にいられるようにみんなで注意しながら、日常のありがたさを噛み締めながら、またフットボールを一緒に楽しんでいきましょう。

取材・構成=中村僚

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