「できない自分を鏡で見続けている感覚が悔しかった」俳優・小関裕太が30代を前に思うこと
俳優

俳優・小関裕太は、ドラマや舞台などで幅広く活躍し続けており、小学生の頃に芸能界入りを果たした彼のキャリアは20年を超える。
HOMINISでは、6月に30歳を迎える小関にインタビューを敢行。2回に分けて小関の魅力をお届けする。
今回は、小関にこれまで歩んできた人生についてインタビュー。芸能界を辞めたいと思ったターニングポイントの話や、来る30代に向けての抱負などを語ってもらった。
――小さい頃はどんな子でしたか?
「いろいろな時期があったのですが、幼少期は怪我することがすごく多いやんちゃ坊主でした。すぐ木に登るし、親が「裕太ー!」と声を掛けても全然気付かず、ファーッと走っていっちゃうようなタイプだったらしいです。1歳の頃から中学2年生くらいまで、1年に1回は大怪我していたんです。いろいろなところを縫いましたし、骨も折りました...」

――かすり傷とかのレベルではないんですね
「そうなんです。今となっては痛みにすごく強いと感じています」
――当時、夢中になっていたことはありますか?
「特定で夢中になっていたことはあまりなく、とにかく広く好奇心があるタイプでした。匂い、色、動くこと...おもしろそうだと思った方へ気づいたら動いている、衝動人間でした」
――学校ではどういう立ち位置でしたか?
「時期によって立ち位置が変わったりしてましたが、撮影現場にいる時間の方が長かったので、学校にいるときは勉強ばっかりしていました。 "学校=勉強する場所"と自分の中で決めていたんです」
――それに対して撮影現場は、どんな場所でしたか?
「とにかく楽しい場所、楽しいから幼少期から続けてこれたという感じです」

――そもそも芸能界入りのきっかけは?
「幼稚園の頃、『メリーポピンズ』に出会ってタップダンスを踊っているのを見て、カッコ良いなと思って、小学生に上がったタイミングでタップダンスを習い始めたんです。そのスクール生のときに、オーディションにチャレンジしてみたら、バババって決まっていって。やれるんだったらやってみようか、と。空手、水泳、タップダンス、芸能界...自分としては習い事の一環という感覚が強かったですね。空手と水泳は痛いし寒いから半年くらいで辞めちゃいました(笑)」
――芸能界のお仕事が楽しかったんですね。何がそんなに楽しかったんでしょう?
「いろいろな価値観に出会えることが楽しかった気がします。それから同じ作品を作る中で、様々なジャンルのプロフェッショナルの方々が同じゴールを目指してやっているっていう環境にもしびれるものがたくさんありました」
――素敵です!芸能界の仕事を嫌になった時期はないんでしょうか?
「あります。18歳くらいの時に、"なんて向いてないんだ"と思って」
放送情報
フジテレビ「波うららかに、めおと日和」
毎週木曜日 22時より放送中
NHK「ひとりでしにたい」
2025年6月21日(土)スタート <全6回>
総合テレビ 毎週土曜 夜10:00〜10:45
[再放送] 総合テレビ 毎週水曜 午前0:35〜1:20 ※火曜深夜
詳しくは
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