声優初挑戦の萩原利久×古川琴音が語る、声だけで表現する難しさ 『花緑青が明ける日に』で得た手応えと発見
俳優
――飛んだり跳ねたりする動きが多い本作では、疾走感が大きな魅力になっていると感じました。敬太郎とカオルのエネルギーを声で表現するために、収録で意識したことや工夫した点を教えてください
萩原「マイク前なので、できるだけ大きく動きすぎないようにはしていました。ただ、勢いのある場面は、直前に軽く走ったりして、物理的に息を上げた状態で入ったこともあります」
古川「私も体を使いました(笑)。例えば、敬太郎が落ちるのを受け止めるシーンは、自分一人で収録した場面だったんですけど、自分の手をぐっと引っ張ってみたり。そういう動きがあるほうが、考えすぎずにできた感覚がありました」
――四宮監督からは演技面でどんなディレクションがありましたか?
萩原「"今話している、この感じのまま言ってほしい"と言われた記憶があります。声だけになると、きっちり言う方向に寄ってしまいそうなイメージがあったんですけど、とりあえず実写で芝居をしているときに近い感覚でセリフを入れていく、というのは言われました」
古川「物語の転換点になるセリフもあるんですけど、それも"今日の晩ごはん何にする?"くらいのテンションで話せる3人でいてほしいと言われました。あと、最初の監督との打ち合わせで言われたのが、"絵は自分がコントロールできるけど、唯一コントロールできないのが役者の声。そこにキャラクターの心拍を乗せてください"という言葉で、すごく印象に残っています」
――四宮監督は、求める芝居が明確な方なんですね
古川「違うときは違うとはっきりおっしゃいますし、厳しかったです。ただ、怖いという意味ではなくて、それがカオルの声なのか、カオルの気持ちに合っているのかというジャッジがすごくシビアでした」
萩原「でも、やりながら見つけられた瞬間もあったんじゃないかなと思います。とにかくいろいろ試させてもらった感覚があって。僕は声色という意味でも、少年らしさから少し大人になっていくニュアンスまで、どこに着地させるのかを探る作業の中で、監督の中でここだという地点があるので、そこに当てにいくためにいろいろ試しました。しかも、僕らの声を入れてから絵を直した部分もあると伺っていて。繊細でもあり、大胆でもあり、いろんな面を持っている方だなと思いました」
(C)2025 A NEW DAWN Film Partners
――作品を見ていても、繊細さと大胆さの両方を感じますよね
古川「本当にそうだと思います。途中で止められないけど、止めて細部を見たくなるシーンがたくさんあって。絵のこだわりもすごいですし、セリフでも心に残るものが多い。監督の考えが散りばめられた作品だなと思いました」
――声優初挑戦を経て、実写のお芝居に持ち帰れそうな発見はありましたか?
萩原「普段、自分がいかにいろんなものを使って表現しているかに気づきました。体も、表情も、セリフも、場所やロケーションも含めて、いろんな要素が重なって表現が成り立っている。逆に言うと、声だけに制限されてみて、"もっとこうできるはず"という伸びしろも見えた気がします。声だけが、ものすごく不便に感じたからこそ、当たり前になっていたことを再認識するきっかけになりました」
古川「声だけに集中する分、自分の声の癖や話し方、息遣いにすごく意識が向き、そこをもっと意図的に使えたら、キャラクターにとって武器になるんだな、という発見がありました。実写だと、その場に行けば自然に分かる距離感や表情に頼れる部分がありますが、頭の中で一から組み立てることで、もっと細かく考えることができるんだな、と実感しました」
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取材・文=川崎龍也 撮影=MISUMI









