宇佐美貴史が「最も嬉しかった」タイトル。2014年の三冠を呼び込んだヤマザキナビスコカップ

2014年、Jリーグ界の歴史が動いた。前年にJ2で優勝を果たした"西の雄"ガンバ大阪が「Jリーグヤマザキナビスコカップ」(当時)決勝でサンフレッチェ広島を3-2で下して、頂点に立ち、その後のリーグ、天皇杯制覇へとつなげた。史上初となる昇格チームの三冠達成――。なかでも、ピッチ上で輝いたのはFW宇佐美貴史だった。

13年夏にドイツでの挑戦を終えて、古巣へ復帰。翌年、ようやく希望に満ちたJ1の舞台が待っているかと思われたが、開幕前の2月に「左腓骨筋腱脱臼」と診断され、長期離脱を強いられた。絶望のスタートから這い上がり、最高のフィニッシュへ。当時、大会5得点でニューヒーロー賞を受賞したエースは何を思っていたのか。6年の時を経て、思わずベンチで涙した歓喜の瞬間を振り返った。

■2点先制され「終わった」と思った

――サンフレッチェ広島との決勝は2点ビハインドをひっくり返し、劇的な逆転勝利を収めました。

緊張しましたね。プロになって決勝というのは初めてでしたから。若い時(2009年)に天皇杯の決勝はあったけど、ベンチ外だったし、バイエルンに行ってチャンピオンリーグの決勝はベンチメンバーに入っていたけど出る気配はなかった。だから、その時(ヤマザキナビスコカップ決勝が)一番緊張したかな。試合の日に起きてからバス出発するまで。

――前半にいきなり2点リードをされ、焦りもあったのでは。

2点取られた時は「終わった」と思いました。「あー...」となったけど、前半のうちに1点返したら全然大丈夫だと。でも、当時の広島はガチッとゴール前を固めるチームだったし、2点を取ってもガンガン前に出てリスクを冒すチームではなかった。1トップの(佐藤)寿人さん以外は全員で守って、守備の時は5-4-1。そういうチーム相手に崩すのは難しいと思っていたし、先制点は献上したくないと思っていたから、先制点も2失点目も献上する一番嫌な展開、一番理想としない展開になってしまった。広島からしたら守るモチベーションが生まれるから「これはややこしいことになったな」という感じでした。

2点目を食らった時は静かだったかな。全員が「やばいぞ」という空気だったけど、(先制点の後に)相手が(人気アニメ)妖怪ウォッチのゴールパフォーマンスを全員でして、絶対に「勝って泣かせてやろう」と思いました。(パフォーマンスを)やられたことに対してムカつくとか、そういうのではないけど、(相手の)後ろ姿を見て、そうさせている自分たちにも腹が立ったし、「絶対ひっくり返して勝ってやろう」と思いましたね。

――前半で1点を返して後半にはいりましたが。

パト(パトリック)が決めてくれた前半の1点が全てかな。パトって技巧派のヘディングシュートみたいなのはあまりなかったのに、この展開で(そのシュートが)生まれて「後半は絶対にいける」と思いました。ハーフタイムは、負けていたけど(監督の長谷川)健太さんがモチベーターになってくれて、「2点目をいかに早く取るかだぞ」「絶対にひっくり返すよ!」と。ひっくり返せるイメージはあったし、逆に追加点を取られるイメージはなかったから、みんなほんまに、あの(前半の)1点に救われたという感じですね。

――宇佐美選手のアシストで同点、大森晃太郎選手のゴールで勝ち越して優勝が決定しました。

アシストのボールは俺も得意だったし、俺が顔を上げた時には阿部(浩之)ちゃんも(大森)晃太郎、(倉田)秋くんが右(サイド)にいた時も絶対斜めに走ってきてくれていたから。味方も得意なボールだったし、広島からしたら下がりながらであまり得意じゃないボールだった。(同点弾が)入った時には絶対に勝ったと思いましたね。

■「自分が関われた初めてのタイトル」

写真:アフロ

――後半途中でベンチに下がるも優勝を確信して涙をしていたのが印象的です。

勝ったと思ったから。プロになって自分が関われた初めてのタイトル。試合展開的にも達成感があった。前半が悔しかったというのもあったし、全部重なって。でも、あんなところ(カメラに)抜かれていると思わなかった。こそっとベンチで泣いて、試合が終わった時にはシュッとしとこうと思っていたけど「メディアの人って意地悪やなあ」って思いましたね(笑)。それだけ心を込めて戦っているところをフレームに納めるというのはプロとしての仕事なんでしょうね。

(シーズン前半は)怪我もして、色々あった。J2から上がってきたというのもありましたから。(ドイツから)J2に帰ってきた瞬間は、キャリアの終わりも見えていましたから。そこからよく1年でV字回復したな、と。

――怪我からスタートした2014年。チームの状況も前半は良くなかったです。

怪我から戻ってきた時はチームが悪すぎてプレッシャーも感じていました。「誰がこれ良くするねん、このチームを立て直すねん」みたいな空気になっていましたから。怪我明けで自分のコンディションに自信もなかったですしね。怪我明けてからは途中出場で3試合に出たのですが、3試合目の横浜F・マリノス戦(5月3日第11節0-2)で健太さんが「ちょっとコンディションが良好な兆しが見えた」と言ってくれました。アウェイだったのですが、帰りの空港で呼び止められて「やっとスタートから使ってみてもいいかなっていう状態になったと思うんだけどどう?」と聞かれて。でも、自分は正直、感覚的にスタートから出る自信はなかったんです。それでも、「ない」とは絶対に言えないから「そうですね」と言ったら、「ガンバっていうチームを次の試合でお前に託すからなんか見せてみろ」と言われたんです。

そして、次の徳島ヴォルティス戦(5月6日第12節3-0)で1点目を取って、3-0で勝ちました。そこからチームがめちゃくちゃ変わった。期待に応えられて自分のターニングポイントでもあったし、(W杯開催による)中断前で一勝したこともあって、中断中のキャンプは有意義にできましたね。

――チームが乗っている状況でヤマザキナビスコカップ優勝を果たし、三冠の弾みにもなりました。

シーズンが終わってから健太さんも「あのナビスコが全てだった。あそこでナビスコが取れていなかったら全部取れてねえよ」と言っていたから、全てかなと思います。

――2014年のヤマザキナビスコカップで印象に残っている試合は?

個人としてはグループリーグ第5節のFC東京戦。2つゴールを取ったのですが、両方ともスーパーゴール。あの試合で"点を取る流れに入った"感じになりました。チームとしては川崎フロンターレと準決勝を戦った中、防戦一方だったけど、守りながらでも点が取れました。一番の難敵だったフロンターレからアウェーゴールも取れて、決勝に対しての自信がつきました。

――ニューヒーロー賞も受賞しました。

16歳からプロでやっているからニューヒーローでもなかったけど(笑)、当時22歳でプロ6年目だったから「俺でいいんかな」とも思いました。でも、やっぱり嬉しかったですね。

■最も嬉しかったのがこのタイトル

――ルヴァンカップは育成の場でもあります。

若い選手にチャンスが回ってくるから、できるかできないかでその選手の今後が変わってくると思います。今年も(新型コロナウイルスによる)中断前に若い選手が(ルヴァンカップに)出る予定でした。でも、「空港に向かうぞ」という出発30分前ぐらいに電話がかかってきて「中止になりました」と連絡が入って、その時も若い選手は落胆していました。でも、その選手は今トップチームの練習に参加しているし、堂々とやっています。

――ルヴァンカップという大会が日本サッカーにおける意義はどういうものでしょう?

日本三大タイトルと言われている中の一つ。キャリアに一つでも星を付けられるのは限られています。三冠を目指すうえでその一つを担っていますし、大事な大会だと思います。

――やっぱり、三冠は格別でしたか?

でも、ナビスコを獲った時がピークでした。生涯で嬉しかったタイトルはナビスコとリーグ。二つは並ぶぐらい嬉しいけど、ギリの差でナビスコかな。決勝で勝って嬉しかったし、(リーグ優勝が決まった)徳島戦は(0-0で)引き分けちゃったから。他会場の結果で優勝というのもありましたから。やっぱり、もう一度三冠を是が非でも狙いたいですね。

インタビュー・構成=小杉舞(Football ZONE web)

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