――魚豊さん個人のお話も伺いたいのですが、そもそも天体や宇宙に興味があったんですか?
「天体や宇宙も好きだったんですけど、倫理のほうが好きでしたね」
――作風からてっきり理系の方かなと思っていました
「僕自身は完璧な文系です」
――頭が良くないと描けない作品だと思うのですが、実際のところはどうでしょうか?
「いやいや、勉強は全然です。受験も一回もしたことないですし(笑)」
――そんな中で知性や好奇心をテーマに選ぶってすごい決断だと思います。もともと、興味があったのでしょうか?
「強く思い始めたのは高校の倫理の授業です。こういう人たちが昔いたんだと知り、それまでは全科目興味なかったんですけど、哲学を通して、全科目興味が湧きました。この人が生きていた時代ってどういう時代なんだと歴史を学んでみたりとか...。結局、勉強は好きじゃなかったのでやらなかったんですし、頭が良くなったとかそういう訳ではないのですが、これだけ認識が変わることはあるんだと感じて、それが大きなきっかけになりましたね」
――改めて感性豊かだなと感じるのですが、今「面白い」と感じるものはありますか?
「20代の前半は緊張感だと思っていたんですね。緊張感のあるキャラクターや構成、展開。緊張感の公式って葛藤+強迫観念だと思ってます。これがうまい具合に入ると、緊張感になる。ただ、20代後半から思っているのは、同時に欲望が入って、その二重で挟まれると、やみつきになっていくんです。(Netflix配信のドラマ)『地面師たち』とかまさにそうだと思います。欲望の方程式はまだわからないので、実感を持ってそういうものを描けているかというと、そこまで強く描けてはいないと思うんです。『チ。』は知的な欲望だと思うんですけど、もっと別のレベルの欲望を今後描ければいいなと」
――もちろん、褒め言葉なんですが、やはり才能ある人は変わっているんだと感じているのですが、ご自身で自覚はありましたか?
「あんまりなかったですね。ただ、根拠もないんですけど、昔から『漫画家になれるかも』って思っていたんですよね。運がよくて、学生時代から友達がいてくれて、僕の言ったことに笑ってくれて、自分の言葉ってウケるんだと思っていました。もしずっとスベリ続けた人生だったら、こうはならなかったと思います。もしかすると、周りは気を使ってくれていたのかもしれないけど、僕は信じちゃっていい方に転びましたね(笑)」
――なるほど。お笑いが漫画家としての原点にもなっているんですね
「笑いがめっちゃ重要だと思っています。漫画家って基本的に『ウケる』というフィードバックがない職業なんですよね。現場がなくて、部屋でずっと作業してる。漫画の作劇には大衆意識が重要だと思うんですが、これ言ったらウケるとかスベるとか、不快な思いをするかなとか、それのすり合わせが僕の場合は学生時代にできたんです。今思えば、漫画家としてとてもありがたいことでした。リアルな現場があると、スベったら修正しようとなりますけど、マンガは違います。誰がどう読んでるかあまりわからないので、自分の中の『あるある』に自信がないと、描くのが不安になってくると思うんです。僕が不安にならず、ある意味で雑に描けているのはクラスでウケていたことが自信になっているのかなと思います」
――それだけ成功体験があると、お笑い芸人の道は考えなかったんですか?
「漫画家はずっと頭にあったんですけど、お笑い芸人になりたいとある時期まで思っていました。ただ、自分はお笑いが好きすぎるからこれで面白くないって言われたら絶対に心が折れるというのと、お笑い芸人になるには自分は能力がないくせにプライドが高すぎると思い、その2点においてやめましたね」
――結果、漫画家を選んで大成功でしたよね。今後の目標などはありますか?
「『ひゃくえむ。』と『チ。 ―地球の運動について―』と『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』で、それぞれ個人の話と世界の話と社会の話を描いたので、次は衣・食・住をテーマにしてやりたいです」
放送情報
「チ。 ―地球の運動について―」
放送日時:2024年10月5日(土)よりNHK総合テレビにて放送中
チャンネル:NHK総合テレビ
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