『この世界の片隅に』片渕須直監督が持つ、"きちんと描く"という信念

絵を描くのが好きな18歳の主人公・すずに縁談がやってきた。相手は海軍勤務の周作。良いも悪いもわからないまま、1944年2月、すずは軍港として栄える街・呉へとお嫁に行く――。

太平洋戦争末期の広島・呉を舞台とした映画『この世界の片隅に』。こうの史代原作の人気コミックをアニメ映画化した本作は2016年11月に劇場公開され、『第40回日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞』をはじめとした数々の賞を受賞。多くの人々の琴線に触れる作品となった。

本作の監督は『アリーテ姫』(2001年)、『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)を手掛け、演出補佐として『魔女の宅急便』(1989年)にも携わった経歴を持つ片渕須直。主人公・北條すずの声には、女優・のんが起用されている。

共感を呼ぶ圧倒的リアリティ

本作を描くにあたって「自分の中で感じているすずさんを出現させてあげたい、存在させてあげたい」という気持ちが原動力となったと語る片渕監督。主人公のすずをはじめとした広島・呉に生きる市井の人々の生活風景を豊かに描き上げるため、夜行バスに乗って何度も広島に足を運び綿密な時代考証や徹底したリサーチを敢行。また、本作を「しがみ付いてでも実現させよう」という思いから、クラウドファンディングによる資金調達も行っている。

ともすると執念のようなものも感じられる片渕監督のこだわり。丸6年かけて作品の中に落とし込まれていったこだわりの1つ1つが作中に圧倒的なリアリティをもたらし、劇場の観客の共感を呼んだ。こうした共感は劇場からSNSや口コミで広がり、公開当初は63館だった上映館数は400館以上にまで拡大。こうした共感の輪の広がりが、現在に至るまでのロングヒットにつながっている。

本作は日本国内のみならず海外でも上映されているが、海外の人の感想も日本人に近かったという。この理由について片渕監督は「この物語は日本人にとっても少し昔の話なので、一生懸命想像力を働かせて架け橋の向こう側に行かないといけない世界なんですが、それをリアルとして日本人は感じてくれたわけです。そしてそれは海外の人も同じだったんですね」と語っている。

適役だと感じたのんの声

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会


映画をみた人たちの間に人種・国籍を超えた共感を呼び起こした片渕監督のこだわりだが、そのこだわりは緻密な描写だけにとどまらない。主人公すずの声にのんを起用したのもそのひとつだ。『この世界の片隅に』の基本になる声として、当初から『マイマイ新子と千年の魔法』で主題歌を歌ったコトリンゴののどかでどこか捉えどころがなく、フワフワした感じの声をイメージしていたという片渕監督。このイメージに合致した声を持っていたのがのんであった。

「『あまちゃん』(のんが主演を務めたNHK朝の連続テレビ小説)を見て、のんちゃんの声に出会った。もちろんのんちゃんが『あまちゃん』で演じていたのは、100%すずさんのような演技だったわけではなかったと思うんですが、それでも近いものを感じたんです」

自らのイメージする声にのんが適役だと感じた片渕監督。お願いするにはいろいろ難しい問題もありましたが、出来上がったものを見ていただけたら、誰もが納得してもらえるんじゃないかな」と確信めいた思いを胸に、のんをキャスティングするに至ったという。

本作が多くの人々からの評価を集める作品となったこと、また公開以降のん自身にも色々な道が開けたことからも、この確信は正しいものであったと言えるだろう。ちなみに片渕監督自身にも、それを感じた一幕があったという。

「実は『この世界の片隅に』の爆音上映の際に、うまく出ない音があって、調整してくださいとお願いしたら、同時に出るようになったんです。それが、すずさんの声と(コトリンゴによる)主題歌のボーカルで。その時、両方とも同じ周波数だと気がついて、裏付けられたなと実感できました」

固い信念を形成した伊丹十三監督の本声

数多のこだわりを具現化し、本作を完成させた片渕監督。それでもなお、監督の中ではまだ描きたい内容があるのだという。

「実は今、『この世界の片隅に』を30分長く描こうとしているんです」

制作途中に起こった東日本大震災の影響によって、作中に描けなかったエピソードがあると語る片渕監督。しかし時間が経つにつれて「広島で何があったのかということはきちんと描くべきだろう」という思いが募り、この構想を抱くに至ったという。

作品が完成してもなお、"きちんと描く"という思いのもと表現方法を追求し続ける片渕監督。この愚直なまでの信念は一体どのように形成されていったのか。それにはある一冊の書籍が関係している。

これまでに黒澤明監督や小津安二郎監督、海外ではフェデリコ・フェリーニ監督、アルフレッド・ヒッチコック監督などから影響を受けたと語る片渕監督。『アリーテ姫』の制作にあたっても、彼らの作品からインスピレーションを受けていた。

しかし映画を作る中で、人間をどう描くべきかわからなかった時期が訪れる。表現方法についての悩みを持っていた片渕監督だが、その時に出会ったのが、伊丹十三監督が書いた精神分析学の普及書だった。この本を読み「人はこういう心の動きで出来上がっているんだ」ということを学び、人間の描き方について独自の信念が形成されていったという。

公開から1年と数ヶ月が経ちDVD発売や配信が行われているにも関わらず、現在でもロングラン上映が続き多くの人々が劇場に足を運んでいる『この世界の片隅に』。「絵空事として描くアニメーションだからこそ、そこにきちんとした人々を存在させたい」という片渕監督の信念が息づく本作の世界に、今一度足を踏み入れてみてはいかがだろうか。

Writer:柴田雅人

※この記事はヨムミル!ONLINEの転載になります。

この記事の全ての画像を見る

放送情報

日曜邦画劇場 この世界の片隅に 【ゲスト:片渕須直監督】

放送日時:2018年3月18日(日) 21:00~23:50 他 ※TV初

「この世界の片隅に」TV初放送 映画監督・片渕須直の世界 アリーテ姫

放送日時:2018年3月21日(水・祝) 17:00~19:00 他

「この世界の片隅に」TV初放送 映画監督・片渕須直の世界 マイマイ新子と千年の魔法

放送日時:2018年3月21日(水・祝) 19:00~21:00 他

※3月21日(水・祝)17:00~「アリーテ姫」「マイマイ新子と千年の魔法」「この世界の片隅に」一挙放送

チャンネル:BS日本映画専門チャンネル

※放送スケジュールは変更になる場合がございます。

詳しくはこちら

キャンペーンバナー

関連記事

関連記事

記事の画像