「おかえりヒッキー。」宇多田ヒカルが12年ぶりの全国ツアーで見せてくれたもの

宇多田ヒカルの12年ぶりとなる全国ツアー「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」。待ちわびた一夜の興奮を、ラジオパーソナリティ、コラムニスト、作詞家などで活躍するジェーン・スーが綴る。

おかえりヒッキー。幕開けは『あなた』から

 2018年12月8日、幕張メッセ国際展示場はベストなタイミングで今年の運を使う人たちで溢れかえっていた。私もそのひとり。12年ぶりの全国ツアーに参加できるんだもの、昨日までどんなにツイていなかったとしても、3時間後には必ず「今年はいい年だった」と言える。
 会場はやや薄暗く、開演までのBGMはなし。ヒソヒソとザワザワの中間くらいの話し声だけが響く。まだ信じられない、どんな顔で迎えればいいかわからない、けれど必ず彼女を受け止めると心に決めた人々の顔にはわずかな緊張が滲む。落ち着き払っているようで、耳を澄ませば胸の高鳴りが聞こえてくるようだった。
 開演予定時刻をやや過ぎた19時8分。ステージのど真ん中がせり上がり、オレンジ色の光を浴びた宇多田ヒカルが現れた。背中が大きく開いたホルターネックの衣装はロングブラックドレス。かと思いきや、ワイドパンツのオールインワン! サイドを大胆に刈り上げたボブも似合っている。
 ステージに絶え間ない拍手の波が打ち寄せ、すっと引いた間を縫って力強い声が響く。1曲目は最新アルバムから『あなた』。

 おかえりヒッキー。みんな待ってたよ。

MCでは、会場を見渡して「全校集会みたい」と、興奮する姿も

 1998年末、もしくは1999年の始め。ガラ空きの丸ノ内線で、私は恋人と別れたばかりの友達を慰めていた。
 「時間が経てばわかるってさ」。メソメソする友達の頭に、私はヘッドフォンをはめる。私の声は聞こえていなかったかもしれない。けれど、デビューしたての宇多田ヒカルの言葉は届いていたはずだ。別れの意味を理解するまで、友達はずっと泣いていたから。
 慰めるフリをしながら「なんかすごい人が出てきちゃったんだよね」なんて、私は不謹慎にも興奮していた。これが宇多田ヒカルについての最初の記憶。あなたと宇多田ヒカルの馴れ初めは? 今日までいろんなことがあったと思う。時が経たなければわからなかったことが、たくさん。
 確かに、調子に乗っていた時もあったかも。2曲目『道』の歌詞を頭のなかでなぞりながら耽っていると、耳馴染みのある太い四つ打ちのリズムに甘酸っぱい気持ちが込み上げてきた。待って、もう『traveling』!? 「ヤッホー!」と手を挙げる宇多田にファンは歓声で応えた。そして瞬く間もなく『COLORS』へとなだれ込む。序盤から感情が引きずり回されっぱなしだ。
 MCに続き『Prisoner Of Love』、そして『Can You Keep A Secret?』フレーバーをブレンドした『Kiss & Cry』。『SAKURAドロップス』の終盤では宇多田がシンセサイザーを弾く姿も披露された。
 「いま、テレビで母の番組がやってるみたいで」。2度目のMCは予想外の言葉で始まった。「みんなも観たら感想教えてね」と続ける彼女の気遣いに、私は安堵した。もう5年だけれど、まだ5年でもある。
 次のパートは『光』から。不安と確信が真正面からぶつかり合う歌声はなぜこんなにも切なく、力強いのだろう。彼女はゆるやかに日常を取り戻しているのかもしれない。美味しいものを味わい、鼻歌混じりに食器を洗う日々を。そうだ、宇多田には「食べる」ことで平素を取り戻す歌がもう一曲あった気がする。なんだっけ?

 続いて『ともだち』。アメジストを顕微鏡で覗いたような映像がスクリーンいっぱいに映し出され、ダンサーがステージに現れた。白いオーガンジーの布をまとい、影法師の如く宇多田のあとをついて舞う。振付師/ダンサーの高瀬譜希子だ。最新作『初恋』収録の『Forevermore』のミュージックビデオで宇多田が披露した本格的なコンテンポラリーダンスは、高瀬がコリオグラフしたもの。それ以来の付き合いが続いているらしい。
 高瀬はステージに残り、XZT、Suboi、EKと3名のアジアン・ラッパーをフィーチャーしたリミックスが発表されたばかりの『Too Proud』でも舞った。控えめにリンクする二人の美しいことと言ったら! しかもラップパートは宇多田本人。ライブでしか見られない濃厚な瞬間が絶え間なく押し寄せ、溺れそうになる。すると、絶妙なタイミングで宇多田がステージから姿を消した。

進化し続ける20年と、塗りかえられる"初恋"

 なるほど。噂のアレはコレか。スクリーンに映るは芸人の又吉直樹と宇多田ヒカルの対談映像、そして謎展開。予想外と予想通りの反復に笑いが止まらない。ツアータイトルが示す通り、絶望とユーモアはコインの裏と表なのだ。
 映像が終わりライブ後半。ここで宇多田は奇襲をかけた! まさかあんなところから出てくるとはね。ブラック&ホワイトのアシンメトリーなドレスに着替えた彼女は手綱を緩めず、『誓い』『真夏の通り雨』『花束を君に』と続けざまに歌う。まるで祈りを捧げるように。天井から降り注ぐライトが宇多田の周りに天使の梯子を描いた。
 正面のステージへ戻り『Forevermore』。揺るぎない愛を自身の内側に獲得したことが宇多田の全身から伝わってくる。彼女はデビュー当時を思い出しながら語った。「まさか20年後にこうしていられるとは思わなかった。ありがとう。私ひとりでここまで来たわけじゃない」。ここにいる誰もがそうだ。節目節目で宇多田の歌に支えられ、みんなこうして集まることができた。

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出演情報

<放送情報>

宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
放送日時:2019年1月27日(日)21:00~
チャンネル:BSスカパー!


M-ON! LIVE 宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
放送日時:2019年3月10日(日)20:00~
チャンネル:MUSIC ON! TV(エムオン!)


※放送スケジュールは変更になる場合がございます。


<リリース情報>

22ndシングル「Face My Fears」
2019年1月18日(金)発売
通常盤(初回仕様) 1400円

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