尖っていて、痛々しくて、でも妙に心に残る...『TITANE/チタン』『アネット』などカンヌ国際映画祭受賞作を宇垣美里が振り返る

ショービズの闇に飲まれていく両親とその子どもをミュージカルで表現した『アネット』
ショービズの闇に飲まれていく両親とその子どもをミュージカルで表現した『アネット』

(C) 2020 CG Cinema International / Theo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinema / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Televisions belge) / Piano

監督賞を受賞したのは『アネット』(2020年)。23歳の鮮烈なデビュー以降、寡作ながら映画ファンから賞賛され続けてきたレオス・カラックス監督の9年ぶりの新作だ。

毒舌が持ち味なスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライヴァー)は、国際的に有名なオペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)と恋に落ちて結婚。やがてその間に非凡な歌唱力を持った娘のアネットが生まれたことで彼らの人生は狂い始めることになる。

まるで美女と野獣のように惹かれ合うコメディアンのヘンリーとオペラ歌手のアン(『アネット』)
まるで美女と野獣のように惹かれ合うコメディアンのヘンリーとオペラ歌手のアン(『アネット』)

(C) 2020 CG Cinema International / Theo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinema / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Televisions belge) / Piano

ポップバンドの「スパークス」が音楽と原案を担当したロックオペラミュージカルは、華やかでユーモラスなのに悲劇的で、その肌触りは完全にホラー。ショービズの世界に生きる者たちの光と闇、フィクションを愛しているからこそフィクションに飲み込まれ、蝕まれていく両親と、その中に生まれた少女の佇まいが大きなインパクトを残す。傀儡であることをそのままに描くの、ちょっと意地が悪い。でも、だからこそあのラストの叫びに込められた切なさと怒りと哀れみと愛おしさの渦から、しばらく抜け出せなかった。

■静かに燃える青い炎のような内側の熱が私の思う「カンヌっぽさ」

人生の主役になりきれない女性の失敗と成長を描く『わたしは最悪。』
人生の主役になりきれない女性の失敗と成長を描く『わたしは最悪。』

(C)2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VAST - SNOWGLOBE - B-REEL - ARTE FRANCE CINEMA

女優賞は『わたしは最悪。』(2021年)。アカデミー賞の外国語映画賞と脚本賞にもノミネートされた作品。30歳という節目を迎えたユリアは成績優秀でアートや文章の才能もあるものの、どうにも方向性を決めきれない。年上の恋人と別れ、新しい恋愛に身を投じることで人生の新たな展望を見出そうとする。

子どもで大人で狡くて賢いユリアを演じるレナーテ・レインスヴェの等身大の存在感よ。何がしたいかもわからないままに迷走し、自意識に振り回されてヘトヘトになるユリアに共感が止まらない。パーティーで会った魅力的な相手とのきらきらした瞬間も、ふと襲い来る孤独を浮き彫りにするばかり。でも、選択の果ての今の最悪な自分だって、そんなに悪くないじゃない?と肯定してくれるような優しさを感じた。

周囲になじめずに成長した青年が、悲劇的な恋をきっかけにめちゃくちゃになっていく『ニトラム/NITRAM』
周囲になじめずに成長した青年が、悲劇的な恋をきっかけにめちゃくちゃになっていく『ニトラム/NITRAM』

(C)2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

男優賞は『ニトラム/NITRAM』(2021年)。オーストラリア史上最悪の銃乱射事件にインスパイアされた作品。近所から厄介者扱いされているニトラム(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)。母は彼が普通の若者になることを望み、父は彼の将来を案じてできる限りのケアをしようと努めている。ある日、芝刈りのバイトを始めたニトラムはヘレン(エッシー・デイヴィス)という女性と出会う。

事件当日に至るまでの犯人ニトラムの日常と生活を淡々と描き、距離をとったドライな視点で追うからこそ、彼の生きづらさが痛いほどに伝わってくる。まるで地獄。明らかに何かしらの疾患を抱えるこの人を福祉は救えなかったのか?と同情せずにはいられない。内側に爆弾のような孤独と劣等感を抱え、不安定で予測不能なニトラムを見事に体現したケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技は圧巻。

ここまで挙げてきたどの作品も、誤解を恐れずに言えば変な映画たちだ。尖っていて、痛々しくて、でも妙に心に残る。万人受けするとは思わないけど、でもこの価値観を揺さぶられるような経験、静かに燃える青い炎のような内側の熱が私の思う「カンヌっぽさ」。それらに頭をガツンと殴られるように圧倒されることこそが、映画を観る醍醐味のようにも思うのだ。

文=宇垣美里

宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサーとして、テレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍中。

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放送情報

アネット
放送日時:2023年5月18日(木)22:35~

わたしは最悪。
放送日時:2023年5月19日(金)23:00~

TITANE/チタン
放送日時:2023年5月24日(水)22:45~

英雄の証明(2021)
放送日時:2023年5月25日(木)22:45~

ニトラム/NITRAM
放送日時:2023年5月26日(金)23:15~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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