振付家・ダンサーの下島礼紗が活動を通して描く未来図

――《sky》の話が出ましたが、意図や伝えたい思いを教えてくれますか?

「連合赤軍事件のとき、当然私は生まれていません。時間の隔たりがあって、当事者じゃないからこそ、自分勝手に作った部分があります。当時の人を想像して創るのではなくて、今生きている私の仲間たちの中で起きたリアルをそのまま舞台にしています。舞台というものには、お客さんと作者との暗黙の了解で、『これは虚構ですよ』という前提があると思いますが、そうではなく、リアルタイムで目の前で起こることが《sky》という作品だと思っていて、今までの舞台芸術というものの概念を覆していくような作品として見てくれたらいいなと思っています」

――ソロ作品としての代表作《オムツをはいたサル》について、オムツの意味などを教えてください。

「私のソロ作品である本作についてお話しする前提として、なぜケダゴロというダンスカンパニーがオムツをはくのかということをお話しします。3つ理由があるんです。まずは、ダンサーのプライドを奪う。どんなにスキルを持っていて、素敵に踊れたとしても『オムツだからね』ということをまずダンサーに突きつけて、一人の人間として舞台に立ってもらうことがまず1つ目です。
2つ目は、やっぱりオムツはインパクトが強いので、『オムツダンス』って呼ばれるくらいなのですが、その時に、作品の内容がオムツのインパクトに勝たねばならないという意味での自分への枷です。
最後の3つ目がすごく大切です。人間が人生の中でオムツをはく期間、それは赤ちゃんの時期と、自分で排泄ができなくなった老人の時期です。一方で人間は多くの時間はパンツをはいて過ごしますが、パンツをはく人間たちが、政治、道徳や宗教を作り出し、争い、戦争を作り出していると思っています。私たちがオムツをはいたサイドの人間として、パンツをはいている人たちのモノマネをしてあざ笑う作品でありたいと考えてオムツをコスチュームにしています。『オムツをはいたサル』はそういった世界の見方を問う作品になっています」

――《ビコーズカズコーズ Because Kazcause》について教えてくれますか。

「私が生まれる前に罪を犯し、後に捕まった福田和子という一人の人間をテーマにしたものです。当時私は5歳でしたが、テレビのニュースで流れた逮捕時の彼女のオレンジの服を見て、とても15年逃亡したかった犯罪者には思えなかった。それが私の幼い頃の原風景として残り、一人の人間を集団で表現できないかという作品づくりのきっかけとなりました。ダンスは肉体表現だからこそ、観客と同じ空間を共有しているからこそ、この福田和子が感じた身体感覚みたいなものを観客と共有することができると思っています。福田和子が逃げたその時に感じていた肉体の感覚に向けられた私たちの視点を通し、観客と共に追体験する、そういう作品になっていると思っています」

――セウォル号※を題材とした作品がありますが、なぜこれを題材にされましたか?

「《セウォル》(正式タイトルはハングル文字表記)はケダゴロにとって一番最近の作品で、いまだに私も自分が何を創ったか考えている最中なのです。連合赤軍事件や福田和子などは日本で起きた事件ですが、《セウォル》という作品で初めて自分の国ではない、自分が持っていないアイデンティティの国に手を伸ばしてみました。難しいなと思っていて、同じ日本人というアイデンティティを持っている者同士の事柄だからこそ、時間の隔たりがあっても『日本人こういう恥部がありますよ。こういうダークサイドがありますよ』というように、その事件と共犯関係を持って創ることができていました。でも、それが韓国の事件となった瞬間に、自分から遠いものになって、創作で遊ぶことができなかった。《セウォル》という作品の一番大切な部分は、101分で沈んでいく船を、2014年の当事者たちはテレビ画面で見ていたと思いますが、それを見ていた人々と、舞台で作品を見る観客の営みを重ねているんです。どのような内容を持った出来事も観客の存在、観客の視線によって『作品』に変えられてしまう。舞台と客席の隔たりの先にある状況を『作品』としてみるという以前に、観客席で起きていることについて、『作品が成立してしまう』ということの意味を問いたいと思ったんです」
※ セウォル号沈没事件:2014年4月16日に大韓民国の大型旅客船「セウォル(世越)」が全羅南道珍島郡の観梅島沖海上で転覆・沈没した事故である。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/08 08:06 UTC 版)

――下島さんにとってコンテポラリーダンスとは?

「何なんでしょうね、本当に(笑)。『なにものなのか分からない』ということがコンテポラリーダンスだと思うんですけど、でも私は絶対に『コンテポラリーダンスは自由だ』とは言いたくないんです。というのも、私はよさこい踊りをしていたので、コンテポラリーダンスは"祭り"だと思っているんですよ。『よさこい踊り』というものはなくて、『よさこい祭りで踊る踊り』のことを『よさこい踊り』と言っていて、つまり『よさこい祭りがある』ということがすごく大切なんです。『コンテポラリーダンス』という"祭り"があるから、私たちは"ここにいる意味"とかを見出しているんです」

――今後の展望は?

「『ケダゴロ』は一つの運動だと思っています。ここ最近、海外のダンサーや振付家と一緒に作品を作ることが多かったり、《sky》もメンバーを全員台湾人に入れ替えて、滞在制作したのですが、その時は日本人だけで作っていたものとは全く別のものに生まれ変わったんです。

私は、『ダンスによって国境が消える』というような素敵幻想に与したくないと思っていて、むしろ明確に『境界線がある』ということを提示したいと思っています。それは、国家を超えた融和や協調の本当の意味は、まずその境界線を理解することだと思っているからです。互いのアイデンティティをぶつけ合って、人間がどのように分裂してきたのかを探っていきたいですね」

文=原田健

Photo:佐藤瑞季


<プロフィール>
1992年生、鹿児島県出身。7歳から地元鹿児島でよさこい踊りやジャズダンスなど様々なダンスに取り組む。桜美林大学在学中に木佐貫邦子にコンテンポラリーダンスを学び、以降はダンス、演劇を問わず著名団体などでの客演を重ねる。2013年「ケダゴロ」を結成し、以降、全作品の振付・構成・演出を行う。自身のソロ活動も併行して行い『オムツをはいたサル』(2017年初演)は国内外10カ所以上のフェスティバルで上演し多数の賞を獲得。2021年には韓国国立現代舞踊団 「Asian Choreographer Project」 にて、委嘱作品として『黙れ、子宮』(振付・出演)を上演。近年ではアジアを中心に、韓国、香港、シンガポール、インドネシア、台湾、北アイランドなど、海外アーティストとの国際共同制作作品を多数発表している。2022年度<ACY-U39 アーティスト・フェロー>。2022年度より公益財団法人セゾン文化財団<セゾンフェローI>

下島礼紗Twitter:https://twitter.com/shimojimareisa
HP:https://www.kedagoro.com/

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放送情報

ART & CULTURE ~ 今を生きる表現者たち 振付家・ダンサー:下島礼紗
放送日時:2023年7月22日(土)27:50〜
2023年7月23日(日)07:50~
2023年7月29日(土)12:15~ 他
チャンネル:スポーツライブ+ 他
※放送スケジュールは変更になる場合があります

【配信情報】
ART & CULTURE ~ 今を生きる表現者たち 振付家・ダンサー:下島礼紗
放送日時:2023年7月21日(金)12:00〜12月31日(日)
https://spoox.skyperfectv.co.jp/static/sales/content/art-culture/

制作協力
アーツコミッション・ヨコハマ
https://acy.yafjp.org/

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