数々の俳優賞を受賞した、岸井ゆきのが繊細な心を表現した映画「ケイコ 目を澄ませて」

本作は、聴覚障がいと向き合いながら実際にリングに立ったプロボクサー・小笠原恵子さんの生き方に着想を得て、「きみの鳥はうたえる」(2018年)で知られる三宅唱監督が新たに生み出した人間ドラマ。全編フィルムで撮影され、1人の女性の心のざわめきが16mmフィルム特有の生々しく温かな質感で映し出される。生まれつき聴覚障がいのあるケイコは、両耳とも聞こえていない。再開発の進む下町の小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ね、プロボクサーとしてリングに上がり続けていた。言葉にできない想いが溜まっていき、葛藤の末に休会の意思を伝えようとするも言い出せずにいる。そんな中でジムの閉鎖を知り、ケイコの心が動き出す。

岸井は主人公のケイコを演じた。両耳の聞こえないボクサーという役どころゆえに、手話とボクシングの厳しいトレーニングを重ねて撮影に臨んだ。真摯な役作りを経たボクシングシーンも真に迫る。嘘をつけず愛想笑いも苦手なケイコは、特別な才能があるわけでもない。ミットを打つ音や叱り飛ばす声、歓声に怒号、周囲の騒がしさに反して、彼女だけが静かだ。しかし、その心の中は不安や迷い、怒りや哀しみなどの雑音で渦巻いている。痛い怖い逃げたい、でも逃げたくない諦めたくない負けたくない。レフリーの声もセコンドの指示も聞こえない中で、ただひたむきに目を澄ませ、感覚を研ぎ澄ます。声の演技がない分、体の動きや表情、瞳がその心を雄弁に語る。行く先を見失い葛藤しながらも、前を向き少しずつ進んでいく。岸井がケイコという等身大の1人の女性として、物語の中に生きていた。

本作で第46回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した岸井。授賞式で涙ながらに思いを語る姿に、この作品にかけてきた情熱が強く伝わってきた。ケイコの日常を感じさせる繊細な心の動き、そのまなざしから溢れる叫びが、真っ直ぐに胸を打つ。その熱量から目が離せない。

文=中川 菜都美

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放送情報

ケイコ 目を澄ませて
放送日時:9月3日(日)21:00~ほか
※9月3日(日)、7日(木)は本編前後に岸井ゆきののインタビューも放送
放送チャンネル:日本映画専門チャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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