花澤香菜が語る、声優という仕事との向き合い方 コンプレックスを超えて見つけた自分らしい表現【花澤香菜をつくる6つのピース】
声優

――最初から、自分の声が強みだという感覚があったわけではなかったんですね
「全然なかったです。14歳だったので、私が起用されているのは、等身大のお芝居を求められているからなんだろうなと思っていて、自分の声そのものを意識することはあまりなかったです。とにかく声優の現場に行くこと自体が初めてだったので、見よう見まねで、教えてもらいながらやっている状態でした。17歳の時に『ゼーガペイン』でカミナギ・リョーコを演じた時も、自分の声がどうこうというより、17歳だから17歳の役をいただけた、という感覚のほうが強かったですし、その時の自分にできる精いっぱいが、そのまま役に残っていく感じでした。今でもたまにゲームなどでリョーコを演じさせてもらうことがあるんですけど、そのたびに『リョーコの声って何だろう』と向き合うことになるんです。でも、あれはあの時の等身大の私でしかないと思っているので、当時のことを思い出しながら演じています」
――そのくらいの時期から出演作も一気に増えていきましたよね
「本当にラッキーだったと思います。でも、14歳の頃に出会ったスタッフさんや、一緒にお仕事をしていた方たちが、まるで保護者みたいに見守ってくださっていたんです(笑)。『頑張って成長してね』という感じで接してくださって、そのご縁がずっとつながっていたんだと思います。だから、皆さんの寛大さには感謝しかないですね。その時期は、本当にたくさんチャンスをいただいて、オーディションもたくさん受けさせてもらっていました」

――これまでたくさんの作品に出演されてきた中で、花澤さんにとってターニングポイントになった作品を挙げるとすると、どの作品が思い浮かびますか?
「本当に1つには絞れないんです。最初の『LAST EXILE』では、声優の現場がどういうものなのかを初めて知って、その衝撃がありましたし、『ゼーガペイン』では、周りの優しい先輩方にいろいろな技術を教えてもらいました。たとえば、飴をなめながらしゃべるシーンでどう表現したらいいか教えてもらって、舌を少し噛みながらしゃべるとそれっぽく聞こえるよ、みたいなことまで教えていただいて。自分では絶対にたどり着けないことを、たくさん学ばせてもらいました。でも、当時は、正直まだ声優の仕事が楽しいと思えていたわけではなかったんです。自分が全然できていないと感じていたので、毎回『大丈夫だろうか』という気持ちで現場に行っていました。でも、今振り返ると、本当にかけがえのない時間でしたし、高校時代の思い出は『ゼーガペイン』で彩られているなと思います」
――花澤さんの中でその意識が変わったタイミングはありましたか?
「『ポテまよ』ですね。そこで初めてアフレコの楽しさを知りました。アドリブも入れていいんだとか、ギャグ作品だから現場でみんなに笑ってもらえるのがすごくうれしいとか、そういうことを知って、『こんなにクリエイティブなお仕事だったんだ』と感じたんです。それまでは、監督の意図通りに、噛まずに、きちんとセリフを言わなきゃ、みたいなことに縛られていたんですけど、それが逆に表現を狭めてしまっていたんだなと、『ポテまよ』で教えてもらいました」
――作品を重ねる中で、声優としてのお芝居に対する考え方も少しずつ変わっていったんですね
「そうですね。あと、新海誠監督の『言の葉の庭』もすごく大きかったです。新海監督作品にどうしても関わりたくて、年齢制限があると聞いていたんですけど、マネージャーさんに『ダメ元でもいいので出してもらえませんか』とお願いしたんです(笑)。当時の自分は対象年齢より下だったんですけど、それでも受けさせてもらって、参加できたことが本当にうれしかったですし、その分プレッシャーもありました」











