渡辺美里、40周年ライブで実感したファンとの絆「30年ぶりに来てくれた方もいました」

ミュージシャン

――これまでの歌手活動で数々の伝説を残してきた美里さんですが、40年間活動してきたなかで、ご自身の一番の思い出を教えてください

「この場では、西武球場の話をしたほうが、記事的には喜ばれますよね?」

――(笑)。「雨のバカー!」と叫んだ西武球場ライブは有名な話ですもんね

※1989年に行われた西武球場ライブが豪雨で中止に。ライブ中だったため、渡辺は泣きながら「雨のバカー!」と叫び、アカペラでオーディエンスと一緒に「My Revolution」を歌った。

「西武球場以外だと、私のなかでは、ゲストとして出演した神宮球場での花火大会が印象に残っていますね。当時、何組か出るなかで私はトリだったんです。事前に『19時30分になったら、曲やMCの途中でも花火が上がります』と言われていたのですが、何組も出ていたので押しちゃって、スタッフの方に『曲を短くしてくれませんか』と相談されました。

バンドメンバーと調整し、みんなも対応してくれて、いよいよ最後の曲。私が『夏が来た!』という曲を歌って、皆さんにも歌ってもらって、ドラムでバンッと締めた。そのすべてが終わった瞬間に花火が上がったの!」

――ええ!

「来場者の皆さんは、曲が終わった瞬間に花火が上がるようコンピューターで制御していた...と思っていらっしゃると思うのですが、人力なんです」

――すごい!

「人生最高のジャストタイミング。今後やろうと思ってもあれはやれないかな。

あとは、昨年の横浜BUNTAIでのライブですね。あそこは周りの環境もあって、音出しは21時までと決められていたんです。私としては順調にコンサートを進めていたんですけど、ギターの藤井謙二くんとベースの安達貴史くんのバトルで、2人が乗っちゃって...とにかく長かった!」

――(笑)

「もちろんお客さんにはたっぷり楽しんでもらったうえで終了したのですが、終わった瞬間『今、何時?』と聞いたら『21時15秒前です!』って」

――おー!

「一番の思い出は多くて語れないんですけど、『気持ちよかった!』という思い出はこの2つです。人生最高のドヤ顔ができました(笑)。

先ほどおっしゃってくれた『雨のバカー!』はデビューしてまだ4年目。野外イベントもさほどなかったし、ゲリラ豪雨なんて言葉もなかった時代です。ライブ中、雨も雷もひどくなってきて、バックステージは警察と消防と、いろいろな人たちが集まっていたんですね。で、『今すぐやめてください』と。

前半が終わって衣装チェンジで着替えているときに次でやめなきゃいけない。『今日はここでおしまいです』と言わなきゃいけない状況でステージに上がった...という話なのですが、これは番組でも『美里さんと言えば...』とたくさん話してきたエピソードです。でも、晴れている日のほうが多いってば(笑)。きっと皆さんのなかではあれがインパクトあるんですよね」

――ドラマチックですもんね

「それから数十年後、コロナ禍があって、何かできることはないかなと思ったときに、『雨のバカー!』と言った後にやる予定だった曲が13、14曲あったから、完奏できなかった曲をふくめて歌う『渡辺美里スペシャルライブ パイナップルロマンスのその先へ"雨のバカ~"2022』を開催しました。あのとき『雨のバカー!』と叫んでいなかったら、このライブもできなかったので、言っとくもんだなって。『バカバカ言うんじゃない!』と叱られそうですけど(笑)」

――貴重なお話ありがとうございました。最後に番組を楽しみにされている方にメッセージをお願いします

「全曲をご自宅で見ていただける面白みがあると思いますし、『やっぱりライブって特別な時間だな』、『心に特別な力をくれるものだな』と画面を通して感じていただけるのではないかと思います。心の栄養がいっぱいとれるライブになっているといいな、と思いますので、ぜひご覧ください」

写真・文=浜瀬将樹

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